労働法の見直し議論の動向
デロゲーション、労働時間規制、労使コミュニケーションデジタル化で変わる働き方
「労働者」の考え方をどう見直すか
──現在の労働法で労働者性や使用者性はどのように定義されていますか?
労働基準法上の労働者は、労働基準法9条に定義され、実際には多くの要素を考慮して労働者か否かが判断されます。具体的には、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無、指揮監督の有無、時間的・場所的拘束性などです。契約の形式から判断するのではなく、実態から判断されます。労働契約法上の労働者は、労働基準法の労働者と同じとして考えるのが通説です。一方、労働組合法上の労働者は、労働基準法よりも広く認められています。
使用者は、労働契約法第2条2項などで定義されています。基本的には、労働契約を締結した相手方が使用者になることが多いですが、労働契約の相手方以外にも使用者としての法的責任が及ぶケースがあります。出向や安全配慮義務のようなもののほかに、黙示の労働契約や法人格否認の法理により、労働契約を締結した使用者以外の者に使用者としての法的責任が及ぶことがあります。
──働き方の変化によって生じている課題とは?
労働法の原型は100年以上前の工場での指揮命令下の労働を想定して設計されています。それから1世紀以上が経過して働く人を取り巻く環境は大きく変化しました。その象徴の一つがデジタル化です。オンラインを通じた労働が可能になったことで、指揮命令や場所的拘束のあり方が工場労働の時代と大きく変わりました。労働法は、フレックスタイム制やみなし労働時間制などを導入して変化に対応してきましたが、実際の働き方はそれよりも柔軟化しているといえます。
デジタル化に関連するもう一つの変化は、プラットフォームワークの拡大です。スマートフォンの発展によって労働力の需給のマッチングが簡単になりました。これまでは労働力のマッチングが難しいからこそ、継続的な雇用に経済合理性があったのですが、プラットフォームワークの発展によってマッチングが容易になると、継続的な雇用は必ずしも必要とされなくなります。その例としてフードデリバリーサービスなどのギグワークという働き方が広がっています。
こうした問題を踏まえた上で現在、労働者性や使用者性に関して問題になっているのは、「意図的な非雇用化」といえる現象です。つまり、契約のあり方を請負契約や業務委託契約にすることで、雇用にかかわるコストやルールの適用を企業が回避するという問題です。
こうした問題が生じる背景には、雇用されて働く労働者には社会保険や雇用保険といった社会保障が全面的に適用される一方、そうではない自営業者にはそれらのルールが適用されないという事情があります。そのため、その中間にいる就労者の処遇をどうするのかが各国において問題になっています。
これらの問題に加えて、企業組織のネットワークの複雑化に伴う課題もあります。アウトソーシングやフランチャイズ、代理店といった形式を用いて、使用者としての責任を直接負わずに労働力を活用する方法です。実態としては雇用であるにもかかわらず、請負などに偽装している事案も少なからずあるのがわが国の現状です。
──これらの変化に労働法はどのように対応できるでしょうか。
労働者や使用者の定義を変えるとなると税金や社会保障のルールも一緒に変える必要が出てきます。そのため日本では議論があまり進んでいませんが、諸外国を見ると対策が始まっています。
各国が最も問題だと考えているのは、「誤分類(misclassification)」の問題です。つまり、本来は労働者であるはずの人が、請負労働者として分類されてしまう問題です。
この問題への対応には、大きく分けて二つの流れがあります。一つは、労働法や社会保障がすべて適用される労働者と、それらが適用されない自営業者の間に、もう一つのカテゴリーを設ける方法です。例えばイギリスの場合は、その中間に「ワーカー」というカテゴリーを設けて最低賃金や休暇など一部の権利を適用しています。2024年に労働党政権になったイギリスでは、こうした枠組みを再び見直す議論も始まっています。
もう一つは、自営業者だと判断できる場合以外は労働者としての保護を与えるという推定の枠組みを設ける方法です。例えば、アメリカのカリフォルニア州では、それを判断するために「ABCテスト」という基準を設けています。会社は、働かせている者が自営業者だと主張するならば反証する必要があります。
EUでは今年3月、プラットフォームワークに関して、支配および指示を示す事実があれば雇用推定を行うことを各国にルール化を求める労働指令を採択しました。
このように欧米では、働き方の変化に伴って生じた課題に対して、中間のカテゴリーを設けたり、雇用推定の枠組みを設定したりする対応が取られています。他方、使用者性に関する問題では、複数の使用者に責任を認める「共同使用者」のルールを設定する国もあります。
──日本はどうすべきでしょうか?
労働者性の判断基準の見直しは議論すべき課題です。会社からの指揮命令が比較的弱い働き方をする人が増えていることを踏まえれば、労働者性の判断基準における指揮命令のあり方を検討する余地はあります。時間的・場所的拘束性に関しても、テレワークが一般化した現状を踏まえれば、それを重視すべきか議論する必要があるでしょう。
また、諸外国のように、雇用を推定する枠組みを設定し、会社側に反証させる仕組みを導入することは、「誤分類」を減少させる方法として有効だと思います。そうした推定の枠組みがあれば、会社側が反証できない限り働く人は労働者として扱われます。現在の仕組みでは労働者性の判断は複数の要素を総合考慮するため、働く人たちは自分が労働者なのかどうかがわかりづらくなっています。こうした問題に対処することは喫緊の課題といえます。
──労働組合に対する期待は?
労働組合は、雇用と請負の中間にいる人たちに着目した運動を展開してほしいと思います。
フリーランスを保護するアプローチは重要ですが、それだけでは労働者性の基準は変わりません。現状のままでは雇用と請負の中間的なところにいる人たちがフリーランスとして扱われてしまいます。そうした「あいまいな雇用」であることを利用して自営業者として扱う状況を放置すると、雇用労働者の労働条件にも影響します。「誤分類」を防ぐなど、雇用と請負の中間にいる人に着目した運動が重要です。