特集2024.10

労働法の見直し議論の動向
デロゲーション、労働時間規制、労使コミュニケーション
「デロゲーション」はなぜ危険?
規制の枠内での「自由な働き方」を

2024/10/11
労使の合意があれば労働法の規制を外してもよいという「デロゲーション」はなぜ危険なのか。労働法の存在意義を振り返りつつ、そのリスクを知るとともに、自由な働き方の実現に大切なポイントを考える。
古川 景一 弁護士

デロゲーションとは?

経団連は今年1月、「労使自治を軸とした労働法制に関する提言」を公表しました。この中で経団連は、労働者代表と使用者が合意すれば各社の実態に合わせて労働時間に関する法規制の適用除外を認める「デロゲーション」の対象を広げるよう提言しました。経団連は、労使合意で労働時間規制を取り除く(free)ことにより、労働者が「自由な」働き方を選択できると宣伝しています。

働く側としては、「自由な」働き方を全面的に否定する必要はありません。時間外労働の上限規制や割増賃金のような規制がある中で、その枠内で、労働者の生活上の都合に合わせて柔軟に働けるという意味での「自由な」働き方であれば、いいでしょう。例えば、上限規制がある上で、出退勤の時間を自由に決められるフレックスタイム制は問題ありません。

しかし、そうした法規制を取り払って働き方を自由にするという方法には反対です。経団連のいうデロゲーションは、使用者が法規制を受けないようにするための方法です。規制の枠内で労働者が柔軟に働くための自由化なのか、使用者が規制を取り除く(free)ための自由化なのかを区別することが、重要です。

労使関係の原理的な不均衡

ここで労働者と使用者の原理的な関係について振り返りましょう。労働者は、使用者に対して対等な交渉力を持っていません。その理由はいくつかあります。

一つ目は、労働者は資本を持っていないこと。経営者は、工場や生産設備、商品といった有形資産のほかに、特許や商標などの無形資産も有しています。これに対して労働者が一般的に持つのは自身の労働力だけです。ここには大きな経済力の格差があります。

二つ目は、労働力はストックできないこと。普通の商品であれば在庫としてストックすることも可能ですが、労働力はそれができません。普通の商品であれば、安値で買いたたかれそうになったら、商品をストックして高値で買う人を待つこともできますが、労働力は売り控えることができません。それが労働者の交渉力の弱さの要因の一つになっています。

三つ目は、労働市場は多くの場合、供給が過剰であることです。仕事に対して労働者の数が多いことがほとんどのため、使用者は条件に合わない労働者を他の労働者に置き換えることができます。

このような理由から一人ひとりの労働者は、使用者に対して対等な交渉力を持っていません。対等な交渉力を持っていれば、労働者が各自で使用者と交渉しても適切な結果を得られるでしょう。しかし、現実は違います。労働条件の決定を労働者と使用者の交渉に委ねれば、力の強い使用者に都合の良い結果になることは明らかです。

交渉力の不均衡による問題を解決するために、労働者は団結し、労働組合を結成し、団体交渉や労使協議を行う権利を持ちます。しかし、残念ながら日本における労働組合の組織率は16.3%であり、圧倒的多数が未組織です。

経団連は使用者と労働者代表との労使協定により法規制を取り除くことを提言していますが、未組織職場の労働者代表の選出は選挙による必要がなく、使用者が指名していることも少なくありません。労使の非対等の関係を放置すれば、立場の弱い労働者が不利になることはわかりきっています。労働法は、だからこそ存在します。労使の不均衡な力関係を是正するために、経営者の営業の自由や契約の自由を制限するために労働法が存在しているのです。

にもかかわらず、労働組合がない職場では、使用者が指名することさえ可能な労働者代表との間で、使用者が労使協定を締結すれば、法による規制を外すことが提案されています。これは、「労働者の自由な働き方」の実現ではなく、「使用者が規制を受けずに自由に労働者を働かせること」の実現のためのものです。

議論の展望は?

安倍政権下の「働き方改革」で労働時間の上限規制ができてから5年が経過し、本来であれば過労死をなくすためにも年間の総労働時間の上限規制、1日当たりの上限規制やインターバル休息時間について議論すべきときです。

5年前の議論では、安倍首相が時間外労働の上限規制の導入を後押し、法改正が実現しました。厚生労働省はこの上限規制の導入に消極的で、労働政策審議会における労使合意ができるまで上限規制を設けないという考え方でしたが、安倍首相が、厚生労働省の消極姿勢を押し切って、上限規制を実現させました。

それから5年がたって労働時間規制の見直しを求める声が上がっています。今度は見直しに当たって、厚生労働省の「新しい時代の働き方に関する研究会」が、昨年10月に報告書を公表したほか、経団連が今年1月に提案書を公表しています。厚生労働省では、「労働基準関係法制研究会」が継続して開催されています。前回は安倍首相のリーダーシップによって法改正が実現したのに対して、今回は厚生労働省が先手を打って筋道をつくろうとしているように見えます。

これらの議論を通じて、工場労働者以外のホワイトカラーの労働時間規制に穴をあけ、裁量労働制を拡大する等の動きが出てくると想定しています。

労働組合はどう対応すべきか

一方、労働者はどうかというと、労働者も柔軟な働き方という意味で自由な働き方を求めています。そのため労働組合が働き方の「自由化」に頭から反対するとかえって労働者の支持を失います。経営側はそれをわかって「自由化」を掲げています。労働組合は、働き方の「自由化」そのものに反対する必要はありません。大切なのは、上限規制の枠内で労働者が柔軟に時間配分できるという意味で自由に働けるようにすることです。

労働者の中には、「長時間働きたい」という人もいるでしょう。しかし、そういう人が実際にルールを上回って長時間労働するようになると、それは周りの労働者にも影響します。長時間労働する人が評価されれば、周りの人も労働時間を長くせざるを得ません。それは働く人全体にとって悪循環を生み、迷惑です。

労働法の役割には、使用者から労働者を守る役割だけでなく、労働者相互間の公正競争を実現させる役割もあります。規制を上回って長時間働きたいという人は、自分一人の利益のために、労働者同士の公正競争を妨げて、抜け駆けを図るものであり、許されないのです。労働者の圧倒的多数は、生活と健康を脅かす長時間労働を望んでいません。労働組合は堂々と規制の必要を訴えるべきです。

労働組合は、自由な働き方を求めるべきですが、規制の存在を前提にすべきです。「働き方の自由化」という言葉をひとくくりにせず、規制の枠内で労働者の生活に合わせて、始業終業時刻等の時間配分の柔軟化を図るための自由化なのか、使用者が規制を外すための自由化なのかを分けて考えることが重要です。

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