「組織拡大」強化のススメ
仲間をつなぎ仲間を増やすフリーライダー問題と
ソーシャル・キャピタル
社会運動が抱えるジレンマを
どう乗り越えるか
フリーライダー問題の由来
フリーライダー問題は、社会運動への認識が変わったことで生まれました。1960年代まで社会運動への参加は、日常生活で蓄積された不満を発散する非合理的な手段と捉えられてきました。しかし1960年代以降、この見方は変わります。社会運動への参加は、目標を達成するための合理的な行動として捉えられるようになりました。その背景には、アメリカの公民権運動などの社会運動があります。これらの運動が、目標を達成するために綿密な戦略や計画を練ったり、組織的な運動を展開したりしたことで、社会運動は合理的な行動だと認識されるようになりました。
フリーライダー問題は、こうした認識の変化から生まれました。それまで社会運動は個人の不満をはらす非合理な行動だったのに対して、高度な戦略を必要とする合理的な行動だと認識されるようになったことで、運動に参加する個人の合理性が問われるようになりました。
社会運動では、個人が運動に参加しなくても、その恩恵を受けられることがあります。個人が運動に参加しなくても全体の目標が達成されるのであれば、参加しない方が合理的になります。社会運動が合理的とみなされるようになったからこそ、フリーライダーの問題が認識されるようになったといえます。
フリーライダー問題の背景には、個人的な利益と集合的な利益の乖離があります。この現象は、ある組織が行動を起こし、目標を達成した際、運動に参加しなくてもその恩恵を受けられるのなら、参加しない人が現れるというものです。運動に参加せず恩恵を受ける人が、必ずしもエゴイストであるわけではありません。自分が運動に参加しても結果にほとんど影響を与えないのであれば、参加しない方が合理的ということです。
こうした考え方は、社会運動に発想の転換を迫りました。論理的に考えると、個人にとって運動への参加は不合理であり、参加者が少ないのは当然ということになります。つまり、個人にとって社会運動への参加が不合理であることを出発点に、それをいかに合理的にするか考えないと運動を組織できないという発想の転換が求められるようになりました。
運動に参加する理由とは?
フリーライドは合理的な方法に見えますが、人々が社会運動に参加する理由はそれだけではありません。社会的なつながりが、個人が負担するコストを上回ることもあります。それがソーシャル・キャピタルに基づく考え方です。
ソーシャル・キャピタルは、社会関係資本と呼ばれます。キャピタルという概念は、もともとは「お金」のことを指しました。それが「人」を対象に広がり、人的資本という概念が生まれました。これは教育や資格、職業能力といった働く人が持つ資本のことを指します。その概念を人間関係や社会関係に広げたものがソーシャル・キャピタルです。つまり、人と人とのつながりが、お金を生み出す資本になるということです。
ソーシャル・キャピタルのメリットには社会全体にかかわるものと、個人にかかわるものがあります。前者の観点では、ソーシャル・キャピタルを多く持つ地域では政治や経済のパフォーマンスが優れたものになるとされています。例えば、北イタリアと南イタリアを比較した有名な研究では、北イタリアの方が教会の数や新聞の発行部数といったソーシャル・キャピタルの指標が南イタリアよりも高く、それが政治的パフォーマンスの差につながっているとされています。この研究は、市民同士の信頼や協力関係の強さが効率の良さや経済成長につながっているとも指摘しています。つまり、ソーシャル・キャピタルの高さが地域全体にとって良い影響を及ぼすことを強調しています。
ソーシャル・キャピタルは、個人にもメリットをもたらします。それがあることで人々は、さまざまなネットワークから多くの情報や機会を得ることができ、仕事や家庭生活などに生かすことができます。
ソーシャル・キャピタルは、運動を広げるための推進力になります。普段から付き合いのある人の間では、信頼関係が生まれ、運動を展開する際にも「この人ならきっと協力してくれるだろう」という期待が生まれ、それが次の運動につながります。
また、ソーシャル・キャピタルは、特定の集団やコミュニティー内における連帯意識を生み出します。こうした連帯意識は、組織に入っていない人の排除につながることに注意が必要ですが、仲間のために行動しようとする利他的な行動にもつながります。労働組合の連帯は、このような同じ職場で働く人や、同じ仕事をする人の意識が基盤になっています。
このようにみると、ソーシャル・キャピタルが提供する誘因は、フリーライダー問題に対処するための一つの方法であるといえます。
運動に参加する意義の強調
ソーシャル・キャピタルの提供のように、運動への参加を通じて個人が得られるメリットは、「選択的誘因」と呼ばれます。これに対してフリーライダー問題に対応するためにもう一つ重要な概念として、「目的的誘因」という考え方があります。
これは、運動に参加すること自体に意義があると捉えてもらう考え方です。例えば、賃上げは、労働組合のためだけにしているのではなく、社会全体にとって意義があると訴え、それを戦略的に打ち出していく考え方です。フリーライダー問題は、個人的な利益と集団的な利益の乖離から生まれますが、この場合、後者の利益を強調して理解を得ていく方法だといえます。そのためには、参加者に「社会全体に貢献している」という実感を持ってもらうことが重要です。運動の社会的な意義を訴え、共感を得られるかどうかがポイントになります。
ソーシャル・キャピタルを高める
伝統的な中間団体への参加は、どの国でも低下しています。それに伴い人間関係は希薄化しているといわれますが、インターネットの発達に伴い、別のつながり方が生まれています。その意味では、ソーシャル・キャピタルは失われているというより、置き換わっていると考えられます。
インターネット上では、これまでとは異なるつながりが可能です。例えば、0.01%しかいない趣味の人が地域でつながるのは難しいですが、インターネットを利用すればつながる可能性は高まります。その点、19万人もの組合員がいる情報労連の皆さんは、さまざまなつながりを生み出せるポテンシャルを有しています。こうした新たなソーシャル・キャピタルの活用は、個人が運動や組織に参加する意義を見いだすことにもつながります。ソーシャル・キャピタルを生かしてフリーライダー問題に対処してほしいと思います。