「組織拡大」強化のススメ
仲間をつなぎ仲間を増やす労働組合のパワーをどう生かすのか
日韓労組の戦略比較から考える
権力資源論とは?
経済が成長すれば、福祉国家が発展する。かつては、そう考えられていました。しかし、先進国の実態を見ると経済が発展しても、福祉が貧弱な国が出てきました。アメリカはその典型例です。
そのため、経済成長と福祉国家の発展は、直接的に結び付いていないのではないかという議論が起こりました。そこで福祉国家の発展の背景として議論されるようになったのが、政治の違いです。特に誰が権力のイニシアチブを握っているのかが重要なポイントになりました。その議論が「権力資源論」や「権力資源動員論」と呼ばれるものです。
権力資源論は、先進各国の福祉システムの違いを説明する際、各国の政治イニシアチブの違いによってそれを説明します。その資源とは、基本的には労働組合や左派政党のことを指します。それらが強い国は福祉国家が発展し、そうでなければ弱い国になるというのが、権力資源論です。
では、労働組合と左派政党の強さをどう測るのでしょうか。具体的には労働組合の組織率や左派政党の議席数を主要な指標として計測します。例えば、労働組合や左派政党が強い国の代表がスウェーデンです。
その中で日本と韓国は、権力資源が弱い国だといわれてきました。労働組合は企業別労働組合が中心で、左派政党は政権を取れるほど強くなく、福祉国家より平和主義を重視してきました。そのため欧州の左派政党とは異なると認識されてきました。
しかし、日韓両国の権力資源が弱いからといって、両国の労働組合や左派政党が福祉国家の発展に影響を及ぼしていないわけではありません。しかも、権力資源が弱い日韓両国であっても、その使い方によって違いが生じます。私は、その違いについて研究をしてきました。
日本と韓国の違いとは?
日本と韓国は、企業別労働組合や左派政党の弱さという点で類似点が多くありますが、韓国の方が権力資源が乏しい国でした。韓国には1990年代まで労働組合に対応する政党システムがなく、労働組合の組織率も低かったからです。
しかし、1990年代に日本と韓国が、経済不況に直面し、政府が規制緩和を行った際、より厳しい規制緩和が行われたのは、日本でした。具体的な事例の一つは、労働者派遣法の改正です。1999年に日本で労働者派遣法が改正された際、対象業務が原則自由化されるネガティブリスト化が導入されましたが、韓国では同時期の改正で労働組合の反対などにより実現しませんでした。韓国の方が権力資源が弱いのに、規制緩和を食い止めることができました。それはなぜでしょうか。
私は、権力資源の活用の仕方にその理由があると考えています。つまり、政治のアウトプットは、権力資源の量だけで決まるのではなく、それをどう使うかという活用法も大切だということです。韓国の場合、労働組合がアウトサイダー戦略を用いたことが規制緩和を食い止める力になりました。
アウトサイダー戦略とは?
アウトサイダー戦略は、インサイダー戦略と対比される、労働組合の戦略手法です。インサイダー戦略が、労使交渉や政府の審議会のように設定された話し合いの場での解決をめざすのに対して、アウトサイダー戦略は、その場の外から相手に対して圧力をかける戦略のことを指します。具体的には、デモや集会やストライキといった行動です。
1998年の労働者派遣法の改正において韓国の労働組合は、抗議の意思を示すために政府の審議会から退場し、ナショナルセンターの一つである民主労総はストライキを打つ構えを見せました。こうしたアウトサイダー戦略を採用した結果、韓国の労働組合は、政府案を後退させる譲歩案を得ることができました。
市民社会との提携戦略
アウトサイダー戦略を使えば必ず成果を得られるわけではありません。ストライキを打つことにはリスクがあります。しかし、労使関係には一定の緊張関係が必要です。
アウトサイダー戦略を成功させるためには、提携戦略が欠かせません。提携戦略とは労働組合外部の市民や市民団体などとの連携のことを指します。
その点で、韓国の労働組合の産業別労働組合への移行が影響力を発揮しています。ナショナルセンターの一つである民主労総は、企業別労働組合から産業別労働組合に移行しました。交渉権は原則的に産別本部に移行し、企業の労働組合は支部として扱われるようになりました。
その結果、運動が企業内から組織の外へ広がるようになりました。とりわけ成果があったのは非正規労働者の組織化です。例えば、韓国では学校で働く非正規の教職員が約10万人組織化されました。こうした組織化が進んだ結果、韓国の労働組合の組織率は、この10年間で10%未満の状態から15%ほどまでに上昇してきました。
アウトサイダー戦略は、市民社会との連携も強くします。韓国では2016年にパク・クネ大統領の弾劾を求める大規模なデモが行われましたが、労働組合はそこでも大きな役割を果たしました。民主労総が、市民社会が求める政策のまとめ役を担いました。市民社会がめざすべきビジョンの中心に労働組合がいたことになります。
日本への示唆
一方、日本の労働組合は、これまでインサイダー戦略を採用してきたといえます。1999年の労働者派遣法改正の時を除けば、基本的に審議会内での交渉にこだわってきました。
経営側が、労働組合のアウトサイダー戦略を警戒しなくなれば、労使の緊張感がなくなります。労働組合は、自らが持つ資源を少なくしているだけではなく、効果的に活用できていないともいえます。
アウトサイダー戦略が重要になった背景には、経済環境の変化があります。1990年代以降、経済成長が停滞し、企業経営が厳しくなると、それまでと同じ交渉のあり方でよいのかが問われるようになりました。もちろん労使の信頼関係があれば、話し合いで解決できる場面も多くありますが、労働条件が悪化する中では、それだけでは守れないこともあります。
また、労働組合がインサイダー戦略で守れる領域も狭くなっています。特にギグワーカーの増加など、労働法の枠組みで守られない不安定労働者が増える中で、インサイダー戦略に固執すると、社会からの支持を失う可能性もあります。日本の労働組合がこれからも力を発揮するためにも、労働組合がしっかりとしたビジョンを示し、労働組合の外とつながることが大切だと思います。