人手不足を乗り越える職場づくり
採用強化と離職防止のための職場環境改善人手不足で過熱化する新卒採用
企業の採用行動はどう変わるのか
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過熱する新卒市場
進学率が上がり大卒者の数は横ばいではあるものの、少子化の影響は新卒一括採用にすでに表れています。大学生の数は足りていても、採用したい人材が見つからないという「数」と「質」の問題もあれば、地域に大学があっても地元の中小企業に入社しない人口流出の問題もあります。少子化が進む中で若者を苦労せず採用できる時代ではなくなりました。企業は「買い手市場」の感覚を早く捨て去る必要があります。
現在の新卒市場は、間違いなく「売り手市場」です。私の勤務先の大学にもすさまじい数の求人票が届きます。コロナ禍以降、オンラインでの就職活動が広がり、企業説明会に参加しやすくなるなど、学生にとって選択肢が増えました。これに対して企業は採用活動を早期化させたり、内定辞退を見越して、多めに内定を出したりするようになっています。
新卒市場が過熱する一方で、企業は中途採用にも力を入れるようになりました。新卒採用の権化のような企業も中途採用の割合を増やしています。例えば、日本のメガバンク3行の中途採用の人数はここ数年、新卒採用数を上回っています。総合商社でも中途採用が増えており、採用の半分程度を占めるようになっています。
中途採用増加の意味
中途採用は確かに増えています。しかし、新卒一括採用がこれほど過熱している時代もありません。中途採用が増えると新卒一括採用不要論が出てきますが、企業は毎年何十万人もの若年層がいっぺんに労働市場に参入するチャンスを手放そうとはしません。実際には中途採用が増える一方、新卒一括採用はますます重要になるというパラドックスが起きています。新卒か中途かの二者択一の議論ではなく、企業はその両方の「いいとこどり」をしようとしているのです。
その意味で中途採用の増加が日本的雇用慣行を変えるかというと、そこまでは言い切れません。新卒一括採用の魅力には、企業の組織風土を守りやすいことや、優秀な人材を他の企業に囲い込まれる前に採用できることなどがありますが、何より4月に一度に採用でき、教育コストを効率化できるメリットがあります。企業がこれらのメリットを捨て去らない限り、新卒一括採用はなくならないでしょう。こうしたメリットがあるため、企業は新卒一括採用などをベースとした日本的雇用慣行を残しています。日本的雇用慣行を巡るせめぎあいはこれからも続くのだと思います。
初任給の引き上げ
新卒採用は、企業のイメージ戦略にもつながっています。応募段階から学生に良いイメージを持ってもらうことで、その後のビジネスにもつなげようとしています。最近では、内定を辞退した人に対して、再応募の際に優遇する仕組みを設ける会社も出てきています。新卒採用は、会社にとって中長期的な人材のリストづくりになっています。
企業は、採用競争で生き残るために新卒初任給を引き上げています。私がかつて勤めていたバンダイも初任給を10万円引き上げました。物価が上がったとはいえ、同じ新卒なのに賃金が10万円も違うとなれば、先輩社員からすれば見える世界が変わります。一部の企業では初任給を上げる一方で、先輩社員と新入社員の賃金の逆転現象が起きたり、中高年の賃金を下げたりという現象も起きています。初任給の引き上げに合わせて中高年層も含めた賃金体系をどのように設計するのかが問われています。
バンダイでは初任給の引き上げは、中途採用強化の意味もあったそうです。初任給はその会社の賃金相場として見られるからです。初任給は、新卒でこれくらい出すなら中途でもこのくらい出すだろうという目安になります。その意味で初任給は中途採用者を引き付ける機能を果たしています。
採用側に求められる努力
「買い手市場」が長く続いたことで、そのマインドを変えられない経営者はたくさんいます。私は石川県で企業の採用力の向上を支援していますが、参加者の人事担当者には経営者を巻き込むようにアドバイスしています。採用はすでに経営課題です。人材の採用・育成・定着ができていない企業には先がありません。採用するために会社の事業構造だけではなく、賃金体系や働き方も変えなければいけません。しかし、その危機感を持っていない経営者が多くいるのも事実です。セミナーでは、危機感を持ちましょうというメッセージを送っています。
自社での採用が難しければ、M&Aや企業統合で人材を確保する方法もあります。そうした手法を用いる企業は実際すでに増えています。選択肢の一つとして想定しておくべきだと思います。
採用の手段が新卒だけではなく、中途採用の比率が高まり、M&Aも増えることで職場の人材は多様化・モザイク化しています。年齢構成を基にしたこれまでの仕事の配分はもはや通用しません。年齢に関係なく仕事を割り振る人事・賃金体系が今後ますます求められるようになると思います。
労働組合への期待
今の若者たちは、転職を一度もしないまま30代を迎えることは良くないと考えています。学生たちは「最初の1社」という言葉を普通に使います。こうした若者たちに対して労働組合は何を訴えられるでしょうか。論点は、企業内の労働条件の維持・改善だけにとどまりません。若者たちの転職先も含め、業界全体の労働条件を維持・改善する視点が大切です。IT業界であれば、「どの会社に転職してもSEの初任給は30万円」のような企業の枠を超えた議論ができればいいと思います。そうすることで、「安心して転職できるのは労働組合のおかげ」と思ってもらえるようになります。勤務間インターバルやカスタマーハラスメントのような企業内の成果を外に広げる取り組みを期待しています。
私は長年、新卒一括採用を研究対象にしてきましたが、新卒一括採用の廃止や見直しが叫ばれるたびに、ますます過熱してきたというのが、たどり着いた結論の一つです。新卒市場が過熱することで採用活動の早期化に伴う学業阻害といった問題はありますが、初任給が上がったり、学生の選択肢が増えたりすることは、ポジティブな現象として捉えるべきです。働く側としても労働環境にこだわる視点を持つことが重要です。