人手不足を乗り越える職場づくり
採用強化と離職防止のための職場環境改善「人手不足」を背景に変わる転勤制度
労働組合に求められる役割とは?
![](/images/2412_sp06_01.jpg)
![](/images/2412_sp06_face.jpg)
──「人手不足」への対応として転勤制度を見直す企業が出てきています。どのような背景があるのでしょうか。
他の研究者と協力し、転居を伴う転勤について新たな制度を導入した企業と労働組合を対象に調査を行いました。
その結果、転勤制度を見直した会社には二つのタイプがありました。一つは、転勤があることでマイナスの影響が実際に生じている会社です。もう一つは、マイナスの影響は出ていないものの会社の魅力度を向上させるために転勤制度を見直した会社です。
前者は、転勤を理由に辞めざるを得ない女性従業員が実際に多数いたり、将来を期待されている層から離職者が出たりしていたことが、制度見直しのきっかけになっていました。
後者は、人材確保のために転勤を見直したケースです。このタイプの会社では、労働市場の流動性の高まりによって人材の獲得競争が強まる中で、転勤制度の見直しに取り組んでいました。
この変化は近年になって急速に進みました。調査した会社のうち1社は、7〜8年前まで転勤は当たり前で、それを見直す機運もありませんでした。ここ数年で大きな変化が生じたといえます。
──転勤が嫌がられる背景は?
一つは、会社からの一方的な指示に納得がいかないという思いがあると思います。転居を伴う転勤は、家族を含め大きな影響があります。最近は共働き世帯が多く、このことは転勤を嫌がる従業員の増加につながっていると思います。
その上で、コロナ禍でリモートワークが急速に広がり、人手不足も相まって転勤を見直す大きな転機になりました。
──どのような見直しが行われているのでしょうか。
二つの方向性があります。一つは、転勤に関して従業員の意向を配慮するようになったことです。転勤はこれまで、社内の人材配置や人材育成の施策として会社が主導して行うものとされてきましたが、制度を見直した会社では従業員の意向を配慮するようになっていました。
もう一つは、基幹的業務に配置する人材に対する考え方の見直しです。従来、全国どこでも勤務できる従業員が基幹的業務を担う人事管理が一般的でしたが、制度を見直した会社では、転勤をしない従業員でも基幹的業務を担う人事管理のあり方に変化していました。
これらの会社では、具体的な対応として、「転勤自体を減らす」「転勤を実施する場合も本人の意向を重視する」「転勤の有無による賃金制度をなくす」「転勤可能性と昇進・昇格を切り離す」といった対応が取られていました。
転勤自体を減らした企業では、転勤が人材育成につながるという考え方をやめていました。仕事の変化のスピードが速くなる中で、転勤で人を育てるという考え方が通用しなくなっていると答えた会社もありました。そうした会社では、ゼネラリストではなく、専門職の育成に力を入れていました。総合職は転勤をしながら昇進をするというこれまでの考え方が見直されるようになっています。
また、転勤の有無と賃金や昇進を切り離す会社もありました。こうした会社では、転勤の有無で雇用区分を分けるのではなく、処遇体系を一本化し、転勤をした人に対しては手当を支給することで対応していました。
調査をして驚いたのは、転勤や異動に関して社内公募が積極的に活用されるようになっていたことです。これまでの日本の人事管理では、強い人事権を持つ会社が主導する人材配置が一般的でしたが、社内公募の活用によって、その仕組みが変化しているようでした。
──制度の見直しの成果は?
ある会社では、新入社員の応募が10倍になり、他社の地域限定正社員が転職してきたり、女性従業員の離職が減ったりという効果があったといいます。
また、別の会社ではリモートワークとコアタイムなしのフレックスタイム制度を組み合わせたところ、女性従業員が短時間正社員で働くより、正社員として働くようになり、女性従業員の満足度が上がったという成果がありました。
さらに、転勤がある会社とない会社が合併した会社では、転勤があるかもしれないという従業員の不安が解消されたという効果が見られました。
転勤制度の見直しをした会社では、このようにプラスの効果を観察できました。
──見えてきた課題もありますか?
転勤を減らしたことで、転勤のないグループ会社やエリア限定社員との処遇差をどうするかが課題になっている会社がありました。この会社では、転勤を前提とした本社の従業員に対して、地域限定のグループ会社の従業員やエリア限定社員の賃金は低い水準で設定されていました。しかし、本社の従業員の転勤が減ったことで、処遇差をどうするのかが課題になっていました。
また、社内公募、中途採用の広がりは、女性のチャンスを広げる可能性がある一方で、従来の構造的な問題をそのままにする可能性もあります。つまり本人の意向を重視する仕組みができても、女性に家庭責任が重くのしかかる現状では、女性が自分の意思を十分に発揮できない問題は残るということです。本人の意向を重視することがジェンダー中立になるのかが問われるといえます。
加えて、今回の調査では会社へのインタビュー調査と合わせて、インターネットでモニター調査を行いました。その結果、転勤経験が2回以上ある人は、転勤経験のない人に比べて、転勤があるかどうかで採用区分を分けて採用することや、賃金や昇進に差をつけることが妥当だと考える傾向にあることがわかりました。また、男女がともに活躍できる環境にあると考える人ほど、転勤の有無で採用区分を設けたり、賃金や昇進に差があることは当然と考える人が多いということもわかりました。こうした層が今後、転勤見直しにおけるゲートキーパー的な存在になる可能性があります。
──労働組合にできることは?
いま挙げた、転勤の有無による処遇差を認める層などに対して、転勤制度の見直しの必要性を訴えられるのが労働組合です。転勤の有無によって差を設けるということは、転勤のあることが「標準」であり、その「標準」を満たせなければ、処遇に差をつけるのは当然であるという考え方につながります。同じような仕事をしているにもかかわらず、転勤の有無だけで処遇に大きな差を設けることは果たして適当でしょうか。ここにはそうした問題が含まれています。
こうした課題に対応できるのが労働組合です。転勤の有無によって処遇に大きな差が生まれてよいのか、転勤の負担をどう減らすのか、転勤した人への手当をどうするのか──。これらの課題に対して働く側の視点から具体的な提案を行うことができるのが、労働組合です。皆さんの活動に期待しています。