人手不足を乗り越える職場づくり
採用強化と離職防止のための職場環境改善リテンションマネジメントは労使の共通課題
「成長」「働きやすさ」がキーワード
──離職防止が企業にとって重要になっています。その背景は?
少子高齢化のトレンドは中長期的にわたって変わらないため、人手不足や採用難は今後も続くと見込まれます。人手不足を採用で質・量ともに解消できれば、定着やリテンションをあえて強化しなくてもいいかもしれません。しかし、女性や高齢者の労働力率が高まり、その伸びにも限界が見えつつある一方、外国人労働者の確保も容易ではありません。省力化のための自動化にも限界があります。そうした中で人手不足を解消するために残された手段は、今いる従業員の離職を防ぐこと、つまり離職防止です。
入社して数年してスキルや能力が高まり、仕事ができるようになった人の離職は、会社にとって大きな痛手です。多くの会社が離職防止に取り組むようになっています。
──なぜ離職してしまうのでしょう。
会社にとって優秀な人材の離職理由から見ていきましょう。好業績をもたらす、いわゆるハイパフォーマーは、自身の成長やキャリア、スキルの向上に非常に敏感です。そうした人材は、エントリーシートや履歴書に1行でも新しいことを付け加えられないような企業は、自分にとってためにならないと考えるため、離職という選択につながっていきます。そのため他社でも使える移転可能なスキルを身に付けられるかが重要になります。
また、会社のやり方が古いと感じることも離職を考える一つのきっかけになります。ハイパフォーマーは、将来的にトップに立ち、リーダーとして組織を率いたいと考える人が多いため、自社のトップの動向に注目しています。そこで会社の経営方針やビジョン、パーパスに共感できなかったり、トップのやり方が古いと感じたりすれば離職を考えるきっかけになります。
──労働条件面の理由もありますか?
いわゆる「働き方改革」が進んでいることもあり、働きやすさに対する要求度は上がっています。働きやすい環境を整えることは、離職防止の大前提になっています。
特に本人が納得しない理不尽な転勤に対する忌避感は明らかに増しています。そのため一定期間の転勤を免除したり、転勤自体を減らしたりする会社も出てきています。転勤がどうしても必要な場合は、入社時点などであらかじめ意思確認をしておく必要があります。それをせずに突然辞令を出すと「裏切られた」という感覚になり、離職の理由になります。
労働条件では、休みの取りやすさも重要です。週1回のノー残業デーよりもできるだけ休みたいときに休めることや、職場の配慮が重視されます。例えば、夜間の大学院に通うために職場の上司や同僚が配慮してくれる環境があるかといったソフト面の環境も大切です。リモートワークやフレックスタイムなどの柔軟な働き方も必要です。
賃金面ではハイパフォーマーは、成果主義的な処遇制度との相性が高いです。残ってほしい人材に特別のボーナスを支払うこともあります。
──仕事の内容が緩すぎても離職理由になるともいわれています。
ここでのキーワードは成長です。そこでまず大切なのは、成長を実感できること。上司から評価されるなど、成長を実感できるペースは、半年に1回ではなく、1カ月に一度くらいはあると良いともいわれています。
加えて大切なのは、自分がこの会社にいると成長できると予感できることです。そのためには、少し上の世代のロールモデルの存在が重要です。それがなければ成長の見込みがないと判断され、離職理由の一つになります。このことからは、新入社員だけではなく、中堅社員の処遇の引き上げが重要であることがわかります。若手にとって活躍する先輩の存在が離職を防ぐ理由になるからです。
その上で必要なのは、貢献実感です。人は、成長実感や成長予感に加えて、周囲への貢献を実感したいと感じる存在です。自分の仕事が会社や周囲の人に良い影響を及ぼしている。そのことを認めてもらうと貢献実感が高まり、リテンションにつながります。離職防止には、これらの三つが効果的だといわれています。
──離職防止のために管理職に求められることは?
管理職はリテンションマネジメントのための重要なプレーヤーです。経営者や人事だけではなく、管理職が部下とのコミュニケーションを通じて離職の兆候などを察知し、働きかけることが重要になっています。
その中で、部下への権限委譲が従業員のエンゲージメントを高めるために効果的です。専門的な仕事を少しずつ任せるようにするなど権限委譲がうまくできれば成長実感などにつながります。
一方で管理職の負担軽減を図る必要もあります。そのためには、若手との間に、若手と年齢の近い部下をもう一人挟んでコミュニケーションをとる方法も効果的です。
──会社は何から取り組むべきですか。
トップが本気になることが重要です。人事課題にかかわるアンケート調査では、1位が採用、2位が育成、3位が定着という順番でしたが、経営トップは、人事担当者に比べて定着を重視していません。採用とリテンションの関係を見ると、定着が進んでいる企業ほど採用も順調であるという関係が見えてきます。つまり、定着支援が採用強化にもつながるということです。トップが定着の役割を見直す必要があります。
二つ目は、できるだけ退職理由を正確に把握して、その後の離職防止に役立てることです。これは将来に向けてのリテンションマネジメントになります。
三つ目は、「働き方改革」とリテンションマネジメントを連動させることです。「働き方改革」で働きやすい環境を実現するのであれば、リテンションにどう生かされているのかを考えながら取り組むべきです。
リテンションがうまくいっている企業の共通項は、人を大切にするということです。それをブレークダウンして考えるといくつかの要素に分けられます。一つは、トップが部下に対してうそをつかないなど透明性が高いこと。二つは、短期の成果だけではなく長期のプロセスも重視すること。三つは多様な価値観を認めること。四つは、人を育てる風土があることです。こうした組織風土がある会社は、リテンションがうまくいっています。
──リテンションのために労働組合にできることは?
雇用の維持と待遇の改善という意味で、労働組合と会社は同じ方向を向いています。リテンションは労使の共通課題だといえます。
労働組合は、リテンションの主要な対象である若手社員の気持ちや生活実感を把握しやすい立場にいます。さらに組合活動を通じて、さまざまなコミュニケーションを促進することができます。
コミュニケーションは、リテンションマネジメントのために非常に重要です。労働組合がレク活動などを展開し、コミュニケーションの活性化を図ることが、リテンションのために有効です。