人手不足を乗り越える職場づくり
採用強化と離職防止のための職場環境改善中小企業の採用力を高めるには?
「ここで働きたい」と思える情報発信を
経営計画と採用計画
私は人事担当者向けの「HYOGO採用イノベーションスクール」というセミナーを担当しています。セミナーなどを通じて採用担当者などに話を聞くと、中小企業では業種に関係なく人手不足が深刻化しています。中小企業は、採用活動にかけられるお金や人、時間が大企業に比べて圧倒的に不足しており、人材確保がいっそう難しくなっています。
中小企業では、人手不足と経営課題を混同している経営者が多くいます。人手不足は確かに深刻な問題ですが、その認識だけで止まってしまうと、より本質的な経営課題が見えなくなってしまいます。例えば、自社の経営にとって本当に大切なのは営業なのか、研究開発なのか、何をするための人材が不足しているのか、人手不足の先にある経営課題を考えることが大切です。
人材に関する課題は、企業内で後回しにされがちです。売上の増加や利益の確保といった目先の経営課題が優先される一方、人材に関する課題は軽視される傾向があります。例えば、生産計画はあっても、採用計画のない会社はたくさんあります。そうした会社では、前任者が退職したから、その穴埋めをするという採用活動になりがちです。特に新卒採用をしない中小企業ではそうなりがちです。
このように経営計画と採用計画が結び付いていない会社では、採用した人材をどのように育成し、どのように配置するかを効果的に行うことが難しくなってしまいます。そのためセミナーでは、自社のどこに経営課題があるのかを明確にする作業をしてもらいます。その上で、そのために必要な人材をどのように確保するのか、どのように定着させるのかを検討してもらいます。
アピールすべき強みとは?
採用力を高めるためには自社の強みを求職者に伝える必要があります。大企業でも採用した人材が定着せず、離職するケースが多い時代です。労働条件で大企業にかなわない中小企業は、労働条件以外の強みをアピールしなければ人が集まりません。
そこで大切なのは、実際に職場で働いている人たちが自社のどこに魅力を感じているのかという視点です。多くの企業は、会社説明会で自社の製品やサービスの説明に終始しがちです。しかし、求職者が求めているのは、会社の製品自慢ではありません。そうではなく、その会社のメンバーになったらどんな経験をするのか、どんな良いことがあるのか、という点です。今職場にいる従業員が、自社のどこに魅力を感じて働いているのか把握し、それをアピールすることが採用活動のために欠かせません。多くの中小企業はこれができていません。
その会社で働く人にとって、自社の魅力は意外と見えにくいものです。そのため、セミナーではさまざまな業種や業態の人とグループワークを行い、自社の強みや改善点に気付ける機会を提供しています。また、こうした気付きは社内でも得ることが可能です。採用担当者が人材を求める現場の担当者と意見を交わすことで、自社の新たな魅力を発見することができます。
採用担当者が自社の強みを理解して、自信を持って採用活動をしなければ、求職者に伝わりません。社内外の人たちとの交流を通じて、自社の魅力を発見してほしいと思います。
採用とダイバーシティ
ダイバーシティの視点は、採用においても大切です。セミナーでは、求人している仕事の内容や役割を分析し、それにどのような人材が必要かを整理します。すると必ずしも当初求めていた条件の人材でなくてもよいことが見えてきます。例えば、「男性正社員でなければならない」や「未経験者はダメ」という考え方が変わり、女性や未経験者でも十分に活躍できると理解できるようになります。具体的には、正社員採用にこだわっていた会社が、業務を細かく分解することでパートを組み合わせれば対応できることに気付き、人材をうまく採用できたという事例をよく聞きます。
中小企業の場合、即戦力がほしいといっても、そんなぜいたくは言っていられません。採用した人材を丁寧に育成したり、女性や高齢者、外国人などの多様な人材を採用し、多様な人材が活躍できる職場環境を整えたりする必要があります。採用にもダイバーシティの視点が求められるということです。
その上で次の段階として、求職者向けのポスターなどの媒体を作成するワークショップを行います。この段階でも多くの場合、自社の製品やサービス自慢に偏りがちです。頭では「未経験でも良い」と理解していても、それが具体的なアプローチや表現に結び付かないケースが多いのです。
そのためセミナーでは、学生や求職者の立場の人を呼んで、どのポスターに魅力を感じるのか直接投票してもらいます。すると自分たちの発信する情報のどこを改善すべきなのかが見えてきます。作業と改善を繰り返しながら、より効果的なアプローチを模索していきます。
ここでも大切なのは、会社の自慢話ではなく、「あなたがこの会社に入ると、こんな未来が待っていますよ」ということが具体的に想像できる情報の発信です。求職者が「この会社に入りたい」「この仲間に加わりたい」と思えるような解像度の高い情報をいかに提供できるのかがポイントになります。
労働環境の見直しも
求職者を引き付けるためには、自社の働き方や労働環境を整えることが不可欠です。コンプライアンスの順守は当然のこと、それが欠けていれば最初の段階で選ばれないし、採用後も定着しません。工場やオフィスといった職場環境自体が求職者へのアピール材料になります。かつてはこれらに多くの費用をかけることに消極的な意見もありましたが、今では積極的に投資を行うことが重要となっています。
採用力を高めるためには、人事担当者の役割を重視する必要もあります。中小企業では、採用担当者の仕事が重視されていないことも多いです。採用担当者は、総務などの他の業務を兼任していることが多く、求職者と年齢が近いからという理由で若手社員が任されがちです。
研究やセミナーの場で「あなたの会社の経営課題は何ですか」と尋ねると、答えられない採用担当者が多いことに驚かされます。本来、採用担当者には、採用を通じて会社をどのように発展させるかを考える役割がありますが、その人が経営課題や経営理念を把握していなければ、単に人を採用するだけの作業になってしまいます。採用を通じて企業を発展させるためにも、採用担当者の強化が重要だと感じます。