特集2026.01-02

みんなで賃上げ/格差是正へ
2026春季生活闘争へ向けて
価格転嫁と取引の適正化で
賃上げを実現し
企業の持続性を高める

2026/01/15
情報労連は12月11日、労使の担当者が参加する「パートナーシップセミナー」を開催した。この中で早稲田大学の中里浩准教授が価格転嫁問題をテーマに講演した。賃上げの実現のため、取引の適正化をどう進めるべきか。講演の概要を報告する。
中里 浩 早稲田大学准教授

政府全体の取り組み課題に

ここ数年、賃上げに明るい兆しが見られる一方、物価上昇が続いています。物価高に負けない賃上げのために注目されているのが「価格転嫁」の問題です。

賃上げと独占禁止法や下請法は、これまであまり関係のないものとして見られてきました。それが岸田政権の「新しい資本主義実現会議」以降、価格転嫁の問題は急速に世間の注目を集めるようになりました。2026年1月から下請法が「中小受託取引適正化法(取適法)」へ改正・施行されます。公正取引委員会にとどまらず、高市政権でも政府全体でこの課題に取り組む姿勢が明確になっています。

最低賃金を巡る議論でも、賃上げ原資の確保には価格転嫁が重要であるという認識が広がっています。2025年12月26日に「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」の見直しが行われました。今後の持続的な賃上げに向けて、転嫁問題の重要性は一層高まっています。

こうした中、連合も取引の適正化や価格転嫁に取り組む強い姿勢を示しています。労使でこの課題について対話してほしいと思います。

あらゆる産業が対象に

下請法は長らく「日陰者」の存在でした。それが近年になって注目を集めるようになりました。下請法違反が新聞の一面で報じられることも増え、違反内容も無償での金型保管といった製造業特有の問題から価格協議の不十分さなどに軸足が移っています。

下請法はもともと、独占禁止法の実効性を高めるために1956年に制定されました。具体的には、資本金に区分を設けて優越的地位の濫用を外形的に判断しやすくしました。こうした立法の背景には、取引上、強い立場にある企業が価格引き下げを前提として下請企業に不利益を押し付ける商慣行がありました。

下請法は製造業を想定して制定されましたが、2003年の改正により、役務委託取引や情報成果物に関する取引も対象に含まれるようになり、情報通信産業を含め、あらゆる産業が対象になるようになりました。

とりわけソフトウエア産業は、多重下請け構造から公正取引委員会から繰り返し指摘を受けてきました。2003年に公表された公正取引委員会の実態調査では、ソフトウエア産業における支払い遅延や代金減額、発注内容の変更などの実態が指摘されました。また、2022年に公表されたソフトウエア業の下請け取引等に関する実態調査でも同様の違反行為が指摘されています。

転嫁対策の目的

原材料費や労務費を考慮しない、価格引き下げを前提とした商慣行が続けば、そのしわ寄せは受注側の中小企業に向かいます。中小企業では従業員の賃金が上がらず、むしろ下がることもあります。その結果、企業は人材を集めることができず、研究開発費を削減し、品質競争の基盤、さらには業界全体の競争力を失うという負のスパイラルに陥ります。

一方、転嫁対策はこれを好転させるための取り組みです。適切な価格転嫁で財務基盤を強化し、賃上げや研究開発費につなげていく。そうすることで企業や業界の持続可能性が高まっていきます。これが転嫁対策の理想的な姿です。

「買いたたき」の見直し

では、具体的にどのような対策が求められるでしょうか。

ここでは「買いたたき」を中心に解説します。「買いたたき」とは、「発注した内容と同種又は類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比べて著しく低い額を不当に定める」とされています。

「買いたたき」は、二つの要素から構成されます。(1)客観的に見てその価格が著しく低いといえるか、(2)その価格が不当に定められたといえるか(実質的な協議が行われたか)──の二つです。下請法違反に該当するかを検討する際、その価格が著しく低いかどうかを判断することが難しいという課題があります。また、価格決定に対する政府の介入という指摘もあり、下請法違反における「買いたたき」は抑制的に運用されてきました。

これが2021年の「新しい資本主義実現会議」で抜本的に見直されました。具体的には、原材料や労務費などのコストに関する考え方が「買いたたき」に盛り込まれました。つまり、物価上昇や賃上げが起きているにもかかわらず、価格を据え置いているのは、著しい低い価格であり、「買いたたき」に該当するという考え方です。加えて、発注者が価格交渉に応じないのは、優越的地位の濫用に当たるという考え方も付け加えられました。このように岸田政権下において、「買いたたき」の捉え方に関する大きな変化が生じました。

この考え方を反映して「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」が2023年11月に作成されました。注目すべきポイントは、この指針が内閣官房と連名でつくられたことです。それによってこの指針が政府全体の方針として位置付けられました。これにより独占禁止法が賃上げとはっきりと結び付けられたといえます。

さらに2026年1月から施行される取適法では、「交渉義務違反」が下請法から切り出され、独立した行為類型として位置付けられました(第5条2項4号)。これは今回の法改正の大きな目玉といえます。取適法は、立憲民主党の修正案が取り入れられ、1月1日から直ちに施行されることになりました。

労使に求められる取り組み

公正取引委員会はこれまで、書面特別調査を実施し、悪質な事例に関しては社名公表や、勧告などを行ってきました。勧告件数は近年急増しており、いずれ年間50件を超えるのではないかと考えています。また、今後は、「買いたたき」や交渉義務違反に関する指摘が増えていくと考えられます。

では、労使は今後、具体的にどのような取り組みができるでしょうか。

まず重要なのは、取引の適正化が企業全体として取り組むべき重要課題であることを経営層が明確に発信することです。例えば、取引適正化担当取締役を設置するなど、組織として体制整備することも有効です。

また、転嫁対策が法務部門にしか浸透していない場合もあるので、現場部門まで周知する必要があります。そのため、現場で活用できるわかりやすいパンフレットの作成や、部門横断的な相談窓口の設置、相談事例集の作成など、現場に即した周知・啓発を進めることが重要です。

さらに、中小受託者は立場上、声を上げにくい構造があるため、発注者側から協議の場を設け、価格協議の呼びかけ文書を定期的に送付することなどが求められます。「買いたたき」は継続的な取引の中で起こりやすいことから、取引が固定化している取引先を洗い出すことも有効です。あわせて、協議の経過はメールを含めて書面で記録を残すなど、適切な管理を行うことが大切です。

このような取り組みを通じて、価格転嫁対策を一層強化してほしいと思います。企業の法務部門や管理部門に任せるのではなく、労働組合も積極的に議論に参画し、労使でともに取引の適正化を進めることを期待しています。

特集 2026.01-02みんなで賃上げ/格差是正へ
2026春季生活闘争へ向けて
トピックス
巻頭言
常見陽平のはたらく道
ビストロパパレシピ
渋谷龍一のドラゴンノート
バックナンバー