特集2026.01-02

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2026春季生活闘争へ向けて
「能力主義」は男女間格差を縮小する?
ジェンダー公正な「能力」の構築を

2026/01/15
働く人の「能力」を評価して賃金を決める「能力主義」は、男女間賃金格差を縮めるのだろうか、固定化するのだろうか。能力の公正な評価とは何か。識者に聞いた。
金井 郁 埼玉大学教授

「能力」次第で平等に?

昨年、『メリトクラシーは男女間格差を縮小するか』という論文を書きました。メリトクラシーとは能力主義のことで、論文では能力主義が男女間の賃金格差を縮小するのかどうかを考察しました。

そうした分析を行った背景には、「ネオリベラル・フェミニズム」や「コーポレート・フェミニズム」と呼ばれる考え方がアメリカで広がったことがあります。その代表的な例として知られるのが、フェイスブックのCOOだったシェリル・サンドバーグ氏が書いた『LEAN IN(リーン・イン) 女性、仕事、リーダーへの意欲』という本です。この本で彼女は、女性自身が意識や行動を変え、内なる壁を乗り越えればリーダーになれると訴えました。この本をはじめ「ネオリベラル・フェミニズム」の根底には、競争条件を変えないでも、女性が能力を発揮できればリーダーになれるという考え方があります。

これに対して、既存のフェミニズムからは「競争条件や社会構造の問題を十分考慮していない」という批判が上がりました。つまり、能力主義だけでは男女間格差は解消できないという批判でした。

こうした議論を日本に当てはめるとどうでしょうか。日本はそもそも、女性が能力の発揮主体として捉えられてきませんでした。例えば、一般職という雇用管理区分や、非正規雇用という雇用形態のもとでは、女性は初めから補助的な役割しか期待されてこなかったのです。

近年では、「女性活躍推進」や人手不足といった文脈の下で女性自身に能力を発揮してもらう方向の改革が進んでいます。女性が能力を発揮する主体として認められるようになったこと自体は、評価すべきことだと思います。しかし、問題はここからです。女性が能力を発揮する主体として認められたとしても、その能力の前提となる競争条件や社会構造が不平等であれば、能力主義は男女間の格差を固定化する可能性があるからです。

日本の職場における「能力」とは?

では、日本の職場における「能力」とはどのようなものだったのでしょうか。1990年代前半まで大企業の男性正社員に用いられてきたのは、潜在的な職務遂行能力を評価し、職能資格のもとで昇給や昇格に差をつける職能資格制度でした。この「能力」は、労使交渉の中で勤続年数に読み替えられてきましたが、その一方で、「情意考課」のように仕事に対する「態度」などが評価されてきました。その中で女性は初めから目標もノルマも与えられず、能力競争から排除され、職務遂行能力が低いという理由で昇給や昇格からも排除されてきました。それが1990年代にかけて起きた男女間賃金差別の裁判例が明らかにしたことでした。

純粋な「能力主義」から生まれる格差

このような「能力」のあり方は、女性が能力の発揮主体となることで変わるのでしょうか。論文ではそのことを考察するために二つの事例を分析しました。

一つ目は、生命保険の営業職の事例です。この仕事は、保険の契約数に応じて報酬が決まる歩合給の仕組みであり、人事査定のない純粋な「能力主義」の世界です。ここでは人事考課にジェンダーの差が入り込む余地はありません。

しかし、こうした仕事でも平均的な男女の賃金格差は生じていました。それはなぜでしょうか。分析の結果、わかったのは、生命保険営業で成否は、見込み客の発見をどれだけ行えるのかという「労働時間」に大いに依存するからでした。もちろん、学歴などの人的資本の差や、顧客に内容を説明する際の「能力」の違いも影響していると考えられます。しかし、それ以上に仕事に投入できる時間量の差が成果に直結していました。

このことは、単に査定の方法や評価基準を変更するだけでは、公正な能力評価にはつながらないことを示しています。つまり、その仕事を遂行するためにどれだけの労働時間が求められるのかという前提条件を考え直す必要があるということです。

2023年にノーベル経済学賞を受賞したクラウディア・ゴールディン氏の研究は、時間をより多く投入することで成果が何倍にも跳ね上がるような仕事のあり方が男女間の賃金格差の要因になっていると指摘しました。アメリカの弁護士がその典型で、弁護士が顧客に24時間対応し、高い報酬を得るような働き方が、その構造を生み出していました。ゴールディン氏は、こうした課題を解決するためには、「誰が担当しても同じ質の仕事ができる」ような仕組みを整えることが重要だと述べています。属人的な働き方をすることが多い日本の職場に当てはまることも多いはずです。

転勤できるという「能力」

もう一つの事例は、従業員の女性比率が7割を占める小売業の事例です。ここでは人事査定の仕組みによって男女間格差が生まれていました。

何が人事査定の差を生み出していたのでしょうか。転居・転勤できることや多数の売り場の従業員をマネジメントできることが、昇格の重要な要素になっていました。このように転居・転勤の可否を能力として扱うことは、女性にとって不利に働きます。社会的に女性がケア役割を担うことが期待され、実際にその負担を多く背負っている状況では、転居・転勤できるという「能力」がジェンダー不均衡な前提を含んでいるためです。

その一方、異動しないで売場のディスプレーや接客などで売上に貢献する「能力」は、相対的に価値が低く見積もられることになります。その結果、これらの前提に基づく「能力主義」が女性を構造的に低位に位置づけてしまうのです。

能力の公正な評価とは

では、ジェンダー平等を実現するためには、どのように能力を評価していけばいいのでしょうか。

日本の労働者が職務遂行能力に対する査定を受け入れてきたことを踏まえれば、能力を評価するという方向自体は間違っていないと思います。むしろ、能力を評価する制度の方が仕事に賃金を結び付ける職務給より働く人に受け入れられているのではないかと考えられます。

労働者一人ひとりを、能力を発揮する主体として承認することは重要です。しかし労働者同士が競争して、相手を蹴落とすような「選抜型の能力主義」に向かうべきでもありません。そうではなく、同じ仕事に携わりながら経験を積む中でスキルが深まったり、判断力が磨かれたりすることを評価することが望ましいといえます。このように日々の仕事の中で培われる能力の蓄積を正当に評価する仕組みこそが求められるのではないでしょうか。

その評価要素の中に、転勤や労働時間の長さなどが含まれると男女間で格差が生まれやすくなります。ジェンダー公正な能力評価を構築するためには、すべての人がケアを担うことを前提することが必要です。その中で前提となる労働時間を想定し、その労働時間内での「結果」や「能力」を公正に評価する仕組みを構築することが求められます。

昇格・昇進するのに必要な「能力」は企業の経営戦略や雇用慣行によってつくられます。つまり、あらかじめ決まった「能力」があるわけではありません。ジェンダー公正な「能力」の構築に向けて、社会や労使で議論を積み重ねていくことが重要です。労働組合の皆さんにはそうした取り組みを期待しています。

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