特集2026.01-02

みんなで賃上げ/格差是正へ
2026春季生活闘争へ向けて
すべての人に物価上昇分に見合う賃上げを
春季生活闘争が担う「底上げ」の意義を共有しよう

2026/01/15
およそ30年ぶりにベースアップが実現するようになってきたが、物価上昇を上回る賃上げはいまだ実現できていない。賃金決定の個別化が進む中で労働組合は賃上げをどう捉えればよいか。識者に聞いた。
鬼丸 朋子 中央大学教授

──処遇の個別化は、春季生活闘争での賃上げにどのような影響を及ぼしてきたのでしょうか。

春季生活闘争の賃上げは元来、賃金の配分原資を増やすための交渉であり、中心となるのはベースアップです。つまり、ベースアップを巡る交渉は、既存の原資をどのように配分するかという配分交渉とは性格が異なります。

しかし、日本では、数年前までベースアップがほとんど実施されず、主として定期昇給の維持に努める時期が長く続きました。そのため、全員の底上げを図ることに対する意義が共有されづらくなっている面があるように思われます。結果として、多くの組合員にとって賃上げにおいてベースアップが果たしてきた役割が見えづらくなり、原資そのものを増やすベースアップ交渉の意義に関する意識が低下しているように思います。

一方で、ベースアップを巡る交渉ではなく、労使や組合員の関心が賃金・評価制度等の改定を通じて賃金の配分方法を見直す「配分交渉」に向けられる傾向が続きました。その結果として、自らの賃金を上げるためには査定で良い評価を得て昇格・昇給することが必要であるとこれまで以上に受け止められるようになり、ひいては処遇の個別化に親和的な意識の醸成につながっている面があるように感じられます。

──全体を底上げする意義をどのように捉えたらよいでしょうか。

ここでは、賃上げを2つの側面から捉えてみてはどうかと考えています。一つは物価上昇に対する賃上げで、もう一つは生産性向上に対する賃上げです。別の表現を用いれば、賃上げには「生活防衛」という側面と、貢献した人に報いるという二つの側面があるということです。生産性の向上の寄与に対する賃上げは、生産性向上に貢献した人に手厚く配分したり、賃金構造のゆがみを是正するために特定の階層に厚めに配分したりするために用いることは、労使の議論の着地点によっては一定程度あり得るかもしれません。

しかし、物価上昇に対する賃上げは、物価上昇等による実質賃金の目減りを防ぎ、労働者の生活水準を維持する観点から、前年と同じ水準の生活を維持するために最低限必要なものとしてすべての人に一律に行われる必要があるように思われます。賃上げによって名目賃金が上がったとしても、それ以上に物価が上がれば実質賃金は下がり、生活はむしろ厳しくなるからです。

賃上げを行う際に、評価の高い人だけが手厚く処遇され昨年よりも暮らし向きが良くなる一方で、それ以外の人々は賃上げの恩恵に浴することができず、昨年よりも暮らし向きが悪くなり、生活水準を下げざるを得ないような賃上げのあり方を、労働組合として容認してよいのでしょうか。賃上げを実施したにもかかわらず実質賃金がマイナスとなっている状況を是とすることなく、労使共に深刻に受け止めるべき課題だと思われます。さらに、すべての労働者の賃金を底上げするという賃上げの本来の意義を改めて社会全体で共有し、「昨年より暮らしが貧しくなってはいけない」という価値観を社会全体で改めて共有し、少なくとも暮らしの水準を維持するだけの賃上げが必要であるという機運を一層高めていくことが求められるのではないでしょうか。

──「ジョブ型」の人事制度とのかかわりをどのように考えればよいでしょうか。

近年、いわゆる「ジョブ型」の処遇制度を導入する企業が増えていますが、「ジョブ型」であろうとなかろうと、労働者が安心して暮らせる水準への賃上げが重要であることに変わりはありません。特に、前年比2〜3%物価が上昇している現状において、労働者が自身の賃金を上げる手段が賃金・評価制度に基づく査定昇給・昇格という道筋のみに限定されるのは際限のない労働者間競争に結び付きかねないことからも必ずしも望ましいとはいえません。「賃上げがある世界」の到来を機に、改めて春季生活闘争が担うべき「底上げ」の意義を考えることが必要です。

──今後の賃上げに向けて何が大切でしょうか。

現在の日本経済は内需の弱さが経済停滞の大きな懸念の一つになっています。少なくとも当面は物価上昇に見合う賃上げが行われなければ、家計の実質購買力の低下や将来への不安感の高まりから消費者の心理を冷え込ませることにつながり、いわゆる「買い控え」傾向が一時的なものではなくこのまま定着していく可能性があります。そうすれば、内需拡大に結び付かないでしょう。

また、賃上げに対して「ない袖は振れない」という意見がありますが、「振れる袖をつくる」ための取り組みが重要です。その一つが、適正な取引関係の確立です。中小企業が取引先との関係で不利な立場に置かれていることが、結果として賃上げの原資を圧迫している現実があります。そこで、例えば中小企業の経営者と労働組合とが連携することで取引の公正化や適正な価格転嫁を進められる可能性があります。

物価高が労働者に与える影響は厳しいものがありますが、物価上昇がすべての労働者に影響を与えるからこそ、「全体で賃金の底上げを図ろう」、「春季生活闘争が担うべき“底上げ”の意義を再考しよう」という意識を醸成しやすくなります。もちろん、賃上げを求める声を集め、束ねるにあたっては、労働組合が声を上げ、旗を振ることが欠かせません。労働組合が先頭に立って、春季生活闘争の意義を改めて共有し、社会にアピールしてほしいと思います。

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