特集2026.04

働く人のためのワークルール見直しを
労働基準関係法制の見直し論議のポイント
「つながらない権利」が注目される背景とは
休息の「質」向上へ現場で工夫を

2026/04/14
労働基準関係法の見直しでは、「労働からの解放」も一つのテーマになっている。このうち近年、注目が高まっているのが「つながらない権利」だ。なぜ重要度が高まっているのか。どのように具体化できるのか。識者に聞いた。
休息の「質」を高めるために「つながらない権利」が大切だ(写真:NOV/PIXTA)
細川 良 青山学院大学教授

ヨーロッパの事情

「つながらない権利」が重要性を高めている背景を二つの観点から説明したいと思います。一つは、日本より早く議論が始まったヨーロッパの事情。もう一つは、それを踏まえた上での日本固有の事情です。

まず、ヨーロッパの事情です。ヨーロッパで「つながらない権利」という考え方が普及したきっかけは2002年にフランスの労働法学者ジャン・エマニュエル・レイ教授が発表した論文です。レイ教授の問題関心は、テクノロジーの発展と労働のかかわりにありました。その後インターネットや携帯電話といった情報通信技術が急速に発達し、働き方にも影響が出るようになりました。技術の発達で仕事と私生活の境界線があいまいになり、仕事がプライベートの領域を侵食することになるのではないかという危機感が問題提起の背景にありました。

「つながらない権利」が注目を集めるようになったのは2010年代に入ってからです。フランスでは、2000年代後半から働き過ぎによるメンタル疾患、いわゆる燃え尽き症候群やバーンアウトなどが社会問題化しました。こうした精神的な負担も含めた労働者への負荷が「ペニビリテ」と呼ばれ(英語の「ペイン(痛み)」に通じる概念)、こうした負荷をどう軽減するのかがフランスの労働政策の柱の一つとなりました。

この背景には、第三次産業化に伴う働く人たちのホワイトカラー化があります。フランスでは「カードル」と呼ばれる管理職層と非管理職層である「ノンカードル」が明確に区分されていました。「カードル」には裁量労働制が適用される一方、「ノンカードル」は定時で退勤する働き方が一般的でした。それが第三次産業化でホワイトカラーの働き方が広がると、一部の「ノンカードル」が「カードル」に組み込まれるようになりました。ホワイトカラーの働き方は、決められたことを時間内にするだけではなく、やり方次第ではいくらでも業務量を増やせるような非定型的な働き方です。「ノンカードル」が「カードル」に組み込まれ、ホワイトカラーの働き方が増える中で、過重労働が問題になり、「つながらない権利」に対する注目が集まるようになりました。

まとめると、「つながらない権利」が重要性を高めた背景には二つの要因がありました。一つは、テクノロジーの発展によって、いつでもどこでも仕事とつながれる環境が整ったことです。もう一つは、ホワイトカラー化の働き方が、より広い層にまで広がったことです。

日本固有の背景

こうした事情は、日本にどう当てはまるでしょうか。テクノロジーの発展は日本も同様に当てはまります。ホワイトカラーの働き方に関しては、日本はかなり早い段階から「ブルーカラーのホワイトカラー化」が指摘されてきました。これらの点では日本もヨーロッパも同じ課題に直面しています。

日本固有の事情としては、「働き方改革」の影響を指摘できます。2018年に成立した「働き方改革関連法」は、時間外労働の上限規制を設けることで、休息時間の「量」を確保することを意味していました。

ただし、労働時間以外の「量」を確保できればそれで十分かというとそうではありません。休息時間の「質」の確保も重要です。例えば近年、睡眠の質の重要性が見直されるようになっています。実際、労働安全衛生総合研究所の久保智英博士の研究によると、仕事の連絡が来るかもしれないという状態で眠る場合と、そうでない場合とでは、睡眠の質に違いが生じることが明らかになっています。「働き方改革」では休みの「量」は、一定程度確保されるようになりましたが、次のステップとして休みの「質」をどう高めていくかが課題になっているといえます。日本において「つながらない権利」が近年注目される背景にはこうした事情があると考えています。

立法化のパターンと課題

「つながらない権利」を立法化した国には、大きく二つのパターンがあります。一つは、法律で「つながらない権利」の存在を確認しつつ、罰則などは設けず、具体的な運用は労使の協議に委ねるやり方です。典型例はフランスで、「つながらない権利」を先行して法制化した国は、この方法が多いです。フランスの場合、企業内に組合がある場合には、法律で定められた義務的交渉事項の中に「つながらない権利」が位置付けられており、具体的なルールづくりが労使交渉の中で求められます。また、組合がない場合でも、法律に基づいて各企業が自分たちで適用する「ひな形」を作成し、具体的に運用することが求められます。

もう一つは近年増えているパターンで、勤務時間外の連絡を原則として法律で禁止し、その上で例外を法律や労使協定で定めるというやり方です。日本でいう「36協定」に似た仕組みで、時間外労働を原則禁止としつつ、「36協定」を締結することで例外的に時間外労働を認めるという方法に近いです。

どちらも一長一短ですが、個人としては、前者の方が日本には合うのではないかと考えています。というのも、後者のやり方は規制が難しく、労使協定で幅広い例外が設けられ、規制が機能しない恐れがあるためです。その点、前者のやり方であれば、各職場の実情に応じて、実現可能なところからルールを作り、運用の中で見直すことができます。その点ではパワハラ防止措置と同じように、労働施策総合推進法の中に「つながらない権利」の考え方を盛り込み、権利義務を明確化するという方法が考えられます。ただし、このやり方にも課題はあります。極端にいえば罰則がないため、大企業では取り組みは進んでも、それ以外では十分に機能しないという批判もあり得ます。このようにどちらの方法をとってもメリット・デメリットはあります。

啓発・意識の問題も重要

先行した国における立法化の効果に関しては、現時点では十分には見えていません。しかし、立法によるアナウンス効果は期待できます。現在の日本でも、判例によれば、休憩時間(労働時間ではない)と法的に評価されるには、「労働からの解放が保障されている」ことが必要とされており、その意味で、「つながらない権利」は認められているはずなのです。ただそれが認知されておらず、実効的なものになっていないのが実情です。この点、「つながらない権利」が立法化されれば、社会全体の注目が集まり、権利への理解や配慮が広がる効果が期待されます。

「つながらない権利」の目的は、勤務時間外に連絡を一切取らせないことではなく、あくまで休息の質を高めることです。そのために業種や職種など、現場に応じた工夫をしつつ、取り組みの実効性を高めることが重要です。

また、「つながらない権利」の実効性を高めるためには意識の問題も重要です。フランスでは立法前から、労使双方に対する教育と啓発の必要性が強調されていました。現実的にいつでも連絡できる環境が日常化する中だからこそ、相手の状況を想像し、勤務時間外や深夜帯などの連絡を控えるといった意識を持つことも重要だと思います。

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