トリクルダウンは起きない 家計の隅々に行き届ける政策を
実感なき「景気回復」
-安倍政権で暮らしはよくなった?
暮らしがよくなったかどうかは、人々が暮らしの改善を実感できたかどうかによって決まります。世論調査を見てみましょう。「暮らしにゆとりが出てきた」と答える人はわずか20人に1人しかいません。むしろ「ゆとりがなくなってきた」という人が約50%にも上っています。同じアンケート調査では、収入が増えたと答える人は1割程度しかいません。一方で支出が増えたとする人は約4割。支出ほど収入が伸びていないということです。このギャップが暮らしの改善を実感できない最大の問題です。「アベノミクス」で暮らしがよくなったとはとても言えないのです。
一部のメディアは、家計調査の実質消費支出が7~8月に前年同月比でプラスに転じたこと(9月はマイナス)を評価しましたが、大切なのはその水準です。たとえ前年同月比でプラスになっても2010年を100とすると消費税増税以降、消費支出はずっと水面下(100以下)で低迷したままです。
政府は「アベノミクス」で消費が回復したとアピールしますが、株で潤った一部の富裕層の消費と、消費税増税前の駆け込み需要による消費があっただけで、実態は厳しいままです。
-雇用情勢は回復した?
政府は有効求人倍率の改善をアピールしますが、雇用は量だけでなく質も問われなければなりません。有効求人倍率だけを見ると改善しているように見えますが、就職した件数や、新規の求職に対して就職した件数を示す「就職率」は伸び悩んでいます。つまり、介護や建設の求人は多くても働く側のニーズとミスマッチを起こしています。また、正規雇用が減少する一方で非正規雇用が増えています。就職しても安定した収入が得られないということです。
つながらない企業収益と家計
-企業収益は回復しています。
企業収益の回復はもはや人々の暮らしと直結していないと考えるべきでしょう。GDPに占める雇用者報酬は1997年以降低下を続ける一方で企業は内部留保を積み上げています。企業は、利益確保のために人件費を削減し、生産性の向上よりも低い賃上げしかしてこなかった。つまり家計を犠牲にして収益を伸ばしてきたと言っていいでしょう。
政府は暮らしが改善していると言うのならば平均的なマクロ統計だけではなく、具体的にどこの誰の暮らしが良くなっているのかを説明しなければなりません。安倍首相は、かつてテレビに出演して、「暮らしがよくなっていない」という街の声に大企業の賃上げ統計を根拠に反論していましたが、大企業に勤めている人は国民の中では少数派であり、多数派ではありません。
アベノミクスがめざしているのは、40年前の高度成長期の経済構造を取り戻すことです。つまり企業が強くなれば、賃金も上がり、暮らしがよくなってデフレから脱却するという構図です。
しかし、グローバル化が進展する現在の構造を見れば企業収益から家計への水路は塞がっています。法人税を引き下げ、企業の純資産が増えても企業は国内に投資せず、海外投資を増やすだけで国内の雇用者には還元されません。
-旧「三本の矢」は、どこに行ってしまったのでしょうか。
大胆な金融緩和で円安になり、株高になったのは事実でしょう。機動的な財政出動は公共投資が増えた分、効果があったかもしれません。一方、成長戦略は労働者保護ルールの規制緩和など、国民を不安にするようなことばかりです。
結果的には、経済政策の恩恵は、家計の隅々まで行き届いていません。潤ったのは財界の一部の企業でしょう。
金融緩和の効果
-金融緩和の効果はあった?
金融緩和とはあくまでお金が借りやすくなるだけの話です。お金が借りやすくなってもその先の使い道がなければ、緩和の効果はありません。低金利だからといって人々が家を買うのかと言えばそうではなく、将来的な所得の見込みがなければ、お金を借りないわけです。
金融緩和で唯一助けられたものがあるとすれば、財政です。国債金利の上昇を抑制してくれるからです。しかし、庶民からすればそれは預金金利の低下をもたらし庶民が受け取る利息が減ることを意味します。
市場に大量の資金が出回った結果起きたのは結局、投機のチャンスが広がっただけということ。つまり、金融緩和をしてもいつまでたっても「トリクルダウン」は生じないのです。「回復の実感を隅々まで」と安倍政権は繰り返し主張しますが、今のままでは行き届くことはありません。そもそも行き届かせる政策が欠落しているからです。
民主党は経済オンチか?
-どのような政策が必要ですか。
人が生まれてから死ぬまでのライフサイクルに焦点を当てた政策体系が求められます。例えば、子どもが生まれたとき、教育を受けるとき、退職して介護や年金が必要になったとき。その時々の暮らしの支援策を充実させるということです。そうやって人々の暮らしに直接行き届かせる政策を実行しなければ、暮らしはよくならないのです。
民主党政権の政策は、こうしたライフスタイル全体に焦点を当てたものでした。子ども手当や高校授業料の無償化、基礎年金の税方式などがそれにあたります。私はこうした政策は間違っていなかったと思います。
-民主党のせいで不況になったというイメージを持つ人はいまだにいます。
それは間違いです。リーマン・ショックに端を発した世界不況や東日本大震災などがあれば経済が混乱するのは当たり前です。そこはきちんと分析しなければなりません。安倍政権になって経済がよくなっていると評価されている「アベノミクス」も、国内政策の効果ではなく、むしろ海外経済の動向など外部的な要因の方が大きいと言えます。
暮らし中心の経済に転換を
-自民党は子ども手当をバラマキと批判しました。
隅々まで政策を行き届かせるためには、「バラマキ」というと語弊がありますが、ばらまかないと行き届きません。
むしろ企業優先を続ける今の安倍政権の政策では今後、社会的弱者にさらにしわ寄せがくるでしょう。
以前に生活保護バッシングが起きました。けれども、税金の使い方をきちんと分析すれば、例えば一機100億円もするオスプレイを何機も購入して防衛費を増額している。国民の間に税金の使途に対する不信を募らせ社会保障費を減額するようなやり方はよくありません。
お金を持っている富裕層は、資産を守るために団結できますが、困っている人たちはその理由がさまざまで連帯しづらい。ある人は介護で、ある人は教育で、職場の人間関係で困っている。理由は多様です。だから団結できない。
そのため、社会的弱者を分断させないような普遍的な社会保障・支援が求められていると言えるでしょう。人々が生きていくうえで必要なものはきちんと公共的に分配しないと行き届きません。高度経済成長時代はこうした再分配がなくても通用したかもしれませんが、いまの時代はそうした水路をつくらなければ隅々まで行き届きません。人々が求めているのは「強い経済」ではなく、「安心できる暮らし」ではないでしょうか。安心があってこそ経済は好循環していくと言えます。
グローバル企業に国境は関係ありません。しかし、国境を越えられない人たちが現実に大勢います。そうした人たちがどうやって安心して暮らせるのかが問われています。大切なのは「ともに生きていく関係」をどう築いていくかです。企業を優先する経済から暮らしを中心とした経済に転換する必要があります。