トピックス2024.10

「ミドルクラス」はなぜ大切か?アメリカ大統領選挙とミドルクラス
労働組合への期待が高まる背景とは?

2024/10/11
アメリカ大統領選挙の投票日が目前に迫る中、両陣営は「ミドルクラス」への訴えを強めている。アメリカにおける「ミドルクラス」とは何を意味するのか。その中で、労働組合の役割が高まっている背景とは?
庄司 香 学習院大学教授

アメリカ人の社会階層認識

出所:ギャラップ「Trend from April Economy and Personal Finance surveys」

「ミドルクラス」とは何か?

アメリカでは「ミドルクラス」や「ワーキングクラス」という言葉が、非常に強いアピールを持ちます。政治家がその人たちのために何かをすることは、強い正当性を持つのです。そのため、アメリカの大統領選挙でも各陣営がミドルクラスなどへの訴えを強調しています。

ただし、ミドルクラスはかなり広い意味を持つ言葉です。階層意識に関する世論調査では主に五つの分類が使われます(「アッパークラス」「アッパーミドルクラス」「ミドルクラス」「ワーキングクラス」「ローワークラス」)。今年4月に行われたギャラップ社の調査では、自分が「アッパーミドルクラス」もしくは「ミドルクラス」だと答えた人を合わせると50%を超えました(前者が15%、後者が39%)。つまりミドルクラスは半数以上の国民に該当する概念といえます。

自らをミドルクラスと認識する人の割合は、2008年の金融危機より前は6割以上いましたが、現在は50%台前半です。背景には、人々の生活が厳しくなり、「ワーキングクラス」や「ローワークラス」と自認する人が増えたことがあります。

階層の認識は、収入や教育レベルに左右されるといわれますが、確かな指標はありません。例えば収入が中間レベルである4万ドルから10万ドル未満の場合、ミドルクラスと認識する人は45%で、ワーキングクラスと認識する人は43%と同じくらいの割合です。他方、学歴では大卒の66%はアッパーミドルかミドルと認識し、高卒以下の6割近くはワーキングクラスと認識しています。収入に比べて学歴の方が階層認識に与える影響は明確ですが、それでも一概には言い切れません。

これまで、共和党支持者の方がアッパーミドルやミドルを自認する傾向が強かったものの、ここ2年ほどでその傾向が逆転し、民主党支持者の方がミドル層を自認する比率が高くなっています。一方、共和党支持者にワーキングクラスやローワークラスを自認する人が増えています。これが近年の大きな特徴です。

このようにミドルクラスやワーキングクラスは、厳密に定義された概念ではありませんが、有権者の多くを包含する概念であることには違いありません。そのため、共和党も民主党もミドルクラスやワーキングクラスを大事にする姿勢を強調しています。

ミドルクラスが政治に求めること

ミドルクラスの有権者は政治に何を求めているのでしょうか。大統領選挙の激戦州の世論調査でいつもトップに来るのは、経済対策です。アメリカは過去4年間で20%近く物価が上昇する強いインフレに見舞われました。インフレの負担感は、富裕層よりも中間層や低所得者層の方が強く受けます。そのため物価の安定が重要な政策課題になっています。

また、住宅不足も大きな争点になっています。住宅価格が高騰し、家を購入できない人が増えています。アメリカの「持ち家信仰」は日本以上に強く、ミドルクラスやワーキングクラスにとっては重要な問題です。大統領選挙では、妊娠中絶問題やガザ・中東問題、移民問題も確かに争点になっていますが、ミドルクラスの視点からは、経済が一番の問題であるといえます。

このような有権者の要求に対してトランプ氏、ハリス氏の両陣営は、具体的にどのような訴えをしているのでしょうか。

トランプ氏は、ミドルクラスが大切だと言いつつも、企業や富裕層に対する大幅な減税を訴えています。同時に、チップへの免税のように、ポピュリスト的な公約を強調しています。また、移民対策の強化や、輸入品への高関税でアメリカの産業を守るといったナショナリズム的な訴えも強めていますが、関税強化は物価の高騰につながるリスクが指摘されています。

これに対して、ハリス氏は「庶民アピール」をしています。自身がマクドナルドで働いた経験や、母親が貯蓄をして家を買った話など、個人的なエピソードを持ち出し、その上で誰もが平等に機会を持てるようにする「機会の経済」を訴えています。具体的な政策では、富裕層や大企業への増税のほか、スタートアップの起業家に対する税控除、事業者による価格引き上げの抑制、新規住宅購入者への税控除などを訴えています。また、ハリス氏は学校給食の無償化を訴え、ミドルクラスやワーキングクラスからの支持を得ようとしています。

労働組合への注目

このように両陣営がミドルクラスやワーキングクラスの支持を得ようとする中、労働組合が重要な役割を果たしています。

そもそもバイデン大統領は、アメリカ史上最も労働組合寄りの大統領を自認し、労働組合のストライキに参加するなど、ミドルクラスを強く意識してきました。前回の大統領選挙ではバイデン大統領は、労働組合の活性化を公約に掲げました。アメリカの歴史を振り返ると、このこと自体に大きな意義があります。

バイデン大統領は、就任後、労働組合の強化に関するタスクフォースを立ち上げ、ハリス副大統領を責任者につけました。連邦職員の団体交渉権を促進する方針の下、連邦職員の労働組合加入率は20%上がりました。また、連邦政府が行う公共事業の受注に対して労働協約の締結を求めるなど、ハリス氏は実績を主張できる立場にあります。

2023年には、アメリカ財務省が「労働組合と中間層」という報告書を公表しました。この報告書は、労働組合の活性化がミドルクラスやワーキングクラスだけではなく、アメリカ社会全体の利益につながると主張しました。このようにバイデン政権は、労働組合のイメージを変えることに正面から取り組みました。

実際、アメリカ有権者の間では、労働組合に対するネガティブなイメージがかなり解消されつつあり、肯定的な評価が高まっています。2010年には肯定的な評価は5割を下回っていましたが、今は7割を超えています。背景には、コロナ禍で多くの人が経済的な苦境に陥る中で、労働組合の役割が再評価されたことなどがあると思います。

中でも30歳未満の人たちは、9割以上が労働組合に肯定的です。スターバックスで労働組合が次々と結成されているように、新しい労働組合運動の波が広がっています。

こうした背景が、ハリス氏のランニングメイト(副大統領候補)選びにも大きく影響しました。検察官出身のハリス氏は、自分に足りない「庶民性」を補ってくれる期待から、ミネソタ州知事として労働組合のための立法に力を入れてきたウォルズ氏を選んだのです。

今回の選挙を通じて浮かび上がったのは、「上から」のイニシアチブや、若者が魅力を感じる新しい労働組合運動の広がりが、アメリカ社会における労働組合のイメージを変えてきた様子です。労働組合への無関心や無力感が課題となっている日本でも、参考にできる面があるかもしれません。

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