トピックス2015.12

「下流老人」対策に税の再分配が必要

2015/12/22
藤田孝典さんの著書『下流老人』が話題だ。差し迫った貧困問題にどう対処すべきか。この問題に対する安倍政権の対応をどう評価しているか。藤田さんに聞いた。
藤田 孝典(ふじた たかのり) NPO法人ほっとプラス代表理事。聖学院大学人間福祉学部客員准教授。反貧困ネットワーク埼玉代表。厚生労働省社会保障審議会特別部会委員。著書に『ひとりも殺させない』など

─「下流老人」の定義は?

生活保護基準相当もしくはその恐れのある水準で暮らす高齢者と定義しています。相対的貧困の所得基準は1人世帯だと年収約120万円、2人世帯だと約180万円です。著書では600万~700万人の「下流老人」がいると推定しました。日本全体の高齢者人口はおよそ3300万人。それに高齢者の相対的貧困率22%を掛けあわせた数字です。

「下流老人」の暮らしとは、クーラーが壊れても直すお金がなくて熱中症になったり、医療費がなくて病院にいかなかったり、食べる物に困ったりするような状態です。そうした人々が日本に600万~700万人もいるということです。

「下流老人」は、収入が少ないだけでなく、「預貯金や資産が少ない」「友人・知人・家族とのつながりが弱い」などの特徴があります。最近では孤独死が問題となり、食べ物に困って高齢者が万引きする事件が多発したり、生活苦を理由に犯罪に走ったりする事例もあります。

高齢者の貧困問題はこれまでにもずっとありました。ただ、それが世間に認識されていなかった。そのため「下流老人」という言葉は、強烈なインパクトを持つ用語として社会に強い印象を与え、新しい言説をつくりたいという戦略であえて選びました。

「下流老人」の生活水準は、生活保護など何かしらのサポートを必要とするレベルです。そうした人々がこれだけいて、今後も増えていくのは相当な事態だと言えます。

─大企業の正社員でも「下流老人」になり得る?

基本的に離婚したら危ないと思ってください。例えば年金が月25万円程度あったとしても離婚して年金分割すると生活保護相当の水準しかもらえません。また、配偶者が有料老人ホームに入居すると月額25万~30万円程度かかることもあります。離婚や介護の要因一つで容易に「下流老人」になる可能性があるのです。

私たちのもとにも現役時代は年収800万円とか1000万円あった人からの相談がきます。家族や地域、雇用のセーフティーネットの機能不全が広がり、高所得者でも年金だけで生活するのが難しくなっていることの表れだと思います。

この問題で私が強く訴えたいのは、いざというときでも困らないセーフティーネットの整備は、誰もが望んでいいはずということです。「自分にはそんなもの無関係」と思うか、「セーフティーネットがあった方が安心だ」と思うか、意識の差が出ると思います。

病気の早期発見・早期治療と同じで貧困問題も早期に対処した方が税金などのコストが抑えられるのは明らかです。例えば、生活保護費の約半分にあたる2兆円は医療費なので、早めに受診してもらった方がその後の医療費を抑制できます。貧困問題への無関心は将来の自分の税金を上げることと同じです。貧困問題の放置は結局、次世代にツケを回すことだと理解してください。いま対処しなければ社会は持続可能性を失っていくのです。

─貧困問題からみた安倍政権の評価は

貧困対策や社会保障政策に関して、安倍政権はまともに対策しないどころかむしろ悪化させているように見えます。その事例は生活保護費の切り下げなど挙げればキリがありませんが、まず「トリクルダウン政策」に対する検証が必要だと思います。安倍政権は「経済成長の成果を隅々にまで届ける」と繰り返し言っていますが、現実的に富はまったく下りてきていません。経済成長すればみんなが幸せになるという構造はもはや通用せず、税制や社会保障を組み替えなければいけないのは明らかです。

労働者や生活者は「もっと分配しろ」と怒ってもいいと思います。この間、採られてきたのは、所得税率や法人税率の引き下げをはじめ、大企業や富裕層の負担を軽くする政策ばかりです。このままだと「弱肉強食」の厳しい社会が待ち受けています。

─相談の現場での実感は

私たちに相談に来る人たちはアベノミクスの恩恵をまったく受けていません。肉体労働で体を酷使し50代で働けなくなって生活保護を受けている人、長時間労働でうつ病になり生活保護を受けている人、医療費を払えない人、明日食べる物がない人などがたくさんいます。国の生活保護制度は、生活保護費の切り下げで、「健康で文化的な生活」すらサポートできるものではなくなっています。その暮らしぶりは、とても世界3位の経済大国の水準ではありません。

─必要な政策とは

「トリクルダウン」ではなく「ボトムアップ」の政策が必要です。日本のGDPの中心は個人消費です。ボトムアップ形式で低所得者を支援し、低賃金でも消費できる基盤を整えていくべきです。将来の消費基盤をつくる先行投資だといえます。

とりわけ手がつけられていないのは、「住宅」と「教育」です。日本は住宅費がとにかく高い国です。他の先進国のように低所得者層に対する公共住宅や住宅手当などが整備されていません。

また、教育費も自己負担がとても高い。大学卒業後も奨学金の返済で苦しんでいる若者が増えています。こうしてみると、これだけ人を大切にしない国は珍しいと思います。

私たちは、年金や住宅、教育、医療など人間が生活するために誰にも必要になることを「ベーシックニーズ」と呼んでいます。人間が人間らしく暮らすために必要な仕組みのことです。日本社会はこれをすべて「商品化」しています。要するに、すべての人が必要な生活資源を商品として購入しなければならないのです。これを「脱商品化」すべきです。

そのためには、やはりセーフティーネットに対する市民の意識を変える必要があります。組合員の皆さんが正社員でも、娘・息子が非正規であれば安心できません。例えば息子が長時間労働でうつ病になって失業し年金生活の両親が生活を支えるといった世帯がとても増えています。こうした点では、「下流老人」問題は、若年雇用問題とも密接にかかわっています。

─労働組合に対する期待と、今後の展望について

労働組合は正社員だけを守るのではなく、社会の情勢を正確に見極め、現場の声をきちんと社会問題に結びつけてほしいと思います。生活実感に基づく声を発信することが政権への対抗軸になるはずです。

民主党政権が初期にめざした政策は再評価されてもいいと考えています。子どもの貧困対策や生活困窮者自立支援制度などは、その当時種をまいたものが芽を出し始めています。労働組合などがそれを支えきれなかったのは残念です。

これだけ社会が厳しくなると、「生活保護バッシング」や「公務員バッシング」などのように足の引っ張り合いが始まります。「下流老人」という問題提起は、若者と高齢者の二項対立を解消するねらいがあります。このままでは若者も高齢者も厳しい生活が待ち受けています。なぜこんなに暮らしにくい社会なのか、向かうべき相手は誰なのか、見定める必要があります。さしあたっては、生活するのにどうしてこんなにお金がかかるのか。皆さんの足元から見つめなおしてほしいと思います。

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