特集2016.04

一人ひとりを大切にする社会へみんなで負担し、誰もが受益者になる「救済型」から「共存型」の再分配へ

2016/04/20
格差是正につきまとう中間層の負担増加への懸念。社会を信頼できない「分断社会」が再分配の見直しを阻んでいる。すべての人の暮らしが支えられる社会の実現に向けて、負担と受益のあり方を転換しなければならない。
井手 英策 (いで えいさく) 慶應義塾大学経済学部教授
専門は財政社会学。著書に『経済の時代の終焉』(大佛次郎論壇賞受賞)(岩波書店)、『分断社会を終わらせる「だれもが受益者」という財政戦略』(共著)(筑摩書房)ほか多数。

ほとんどの日本人は、困っている人がいたら助けようと思うだろう。ところが、誰が困っている人なのかを定義することは難しい。例えば、年収250万円で働く非正規雇用のカップルは子育てするのに困っている。彼/彼女は困っている人だ。しかし二人の年収をあわせると、世帯年収では中間層になってしまう。困っているのは自分たちなのに、社会は自分たちを困っている人と認めてくれないということになる。

「格差の壁を壊そう」と訴えるとき、その訴えは中間層にほとんど届いていない。なぜなら、中間層は自分たちの負担が増え、「困っている人」が受益者になる再分配のあり方に反対するからだ。困っている人を助けようとすると自分たちの負担が増える。中間層がそのように考える社会では、信頼や助け合いの気持ちが芽生えるはずがない。それどころか中間層にとっては、再分配の無駄を指摘する方が自分たちの負担が小さくなるため、合理的な行動になる。

だから私は、困っている人を助けようという考え方に道徳的に賛成するが、政治的にそれを実践しようとすると、社会に分断線が生じることに警鐘を鳴らしている。「困っている人を助ける」という「救済型再分配」は、分配のパイがたくさんある高度成長期には適応できるが、低成長時代には対応できない。

「施し」の社会保障

日本は古来「コメ社会」だが、東南アジアのようにモンスーンがないため、干ばつがあるとムラ社会はそのつど存亡の危機に立たされた。そのとき彼らにとって一番大切なのは水の利用権。それをめぐり集落間では、血で血を洗う争いが繰り広げられてきた。それゆえ、日本の農村は、集落内部では協調的だが、集落間では鋭く対立するという歴史を繰り返してきた。そうすると、自分たちの集落のためにお金を使うのはいいが、隣の集落のためにお金を払うのは死んでも嫌だという感覚が人びとの間に生まれる。ここに日本人の「嫌税感」の根本がある。

もう一方で集落が生き延びる条件として、質素・勤勉・倹約といった価値観が奨励された。これは現代で言う「自己責任」を正当化するロジックでもある。すなわち、経済的に失敗した人間は、質素・勤勉ではなかったと判断される。経済的な失敗は多くの場合、社会環境に左右されるのに、経済的な失敗が道徳的な失敗に結び付けられるのである。

だから日本の社会保障は、自分の労働で生活を成り立たせるように人びとにまず要求し、それができない道徳的に失敗した人に救済として与えられる。高齢者向けの社会保障は、勤勉に働いた人ほど優遇される「褒賞」として人びとに提供される。このように日本の社会保障は、勤勉の「褒賞」としての給付と、道徳的に失敗した人への「施し」としての給付から成り立ち、一般の人びとへの生活保障が極めて手薄な状態のまま、自己責任に委ねられてきた。

競争できる時代の終わり

しかしながら、時代は変化した。人口減少社会を迎え「競争できる時代」は終わり、「助け合い」や「連帯」をモデルにしなければ生き残れない時代になった。過疎地域では集落間の対立を乗り越え、「よそ者」を受け入れる動きが強まっている。他者を蹴落としても自分が生き残れる保証のない社会になったのだ。

財政や政治の核心は、「統合」だ。統合の失敗は、革命や暴動であり、政府はそうした失敗を招かないために再分配を民衆にアピールしてきた。格差拡大や社会の階層化は、統合と明らかに反対方向に向かう。そこで、いま求められているのが、「救済型」ではない、「共存型」の再分配モデルだ。

自己決定と承認欲求

人間には二つの本質があると思う。一つは自分で自分の人生を決定する主体性、いわば自由という本質。もう一つは、他人と同じことをしたときは同じように評価されたいという「承認欲求」という本質だ。国際調査によると「自分の人生を自分で決められるか」という質問に対する日本人の自己評価は、60カ国中2番目に低い。一方、承認欲求に関しても経済格差の拡大により、教育機会が家庭の経済情勢に左右されるなど、同じ国民なのに等しく扱われなくなっている。要は、人間の本質とかかわる価値が満たされない社会だ。自分の人生を自分で決めることができ、どのような家庭に生まれても、同じように競争できる環境を整えなければ、人びとは異議申し立てをする。それは統合の失敗である。

したがって「共存型再分配」は、「自己決定」と「承認欲求」という二つの本質的な価値を満たすことを追求する。そこでは、富裕層も含めて、みんなに等しくサービスを提供すると同時に、低所得者層の税を支払う権利も認める。

こうしたパッケージを採用しても格差は小さくできる(図)。あらゆる人びとが納税者となり、あらゆる人びとが受益者になる社会は、人間を等しく扱った結果、格差を是正する社会である。日本のリベラルや左派は低所得者層への課税や富裕層へのサービスを批判するが、それは人間をカネで区別することだ。人間を所得で区別し、そこに救済を与えるようなやり方は不当でさえある。人間を等しく扱いながら、格差は是正できるからだ。

図 必要原理を税と給付に適用する

受益と負担のパッケージ

全員が納税者となり、全員が受益者となる再分配モデルは、地方自治体が担い手となる。憲法25条で国民の生存権を保障する国は、生活困窮者の生存を保障するために課税を避け、所得を保障すべきだ。だが「共存型再分配」モデルでは国と地方の役割を分け、「生存」は国、「生活」は地方が保障すると考えることになる。地方では誰もが負担者になり、誰もが受益者になる。

現在の地方財政の課題は、増税の難しさだ。そのため、ドイツの「共同税」のように、生活保障に必要な共通の税を、地方が一斉にあげられるような仕組みを検討していくべきだろう。

そのように負担のあり方を見直す際に重要なのは、受益と負担をパッケージで示すことだ。例えば、介護保険の負担を軽くするのと同時に、保育サービスを充実させるというように、世代間対立を生み出さない方法で提案すべきだ。近年、全国の自治体が乳幼児の医療費を相次いで無償化しているが、かつて「子ども手当」に反対した高齢者層も「孫の命にはかえられない」と、医療費の無償化には反対していない。ここから得られるヒントは、現金給付ではなく、現物給付の方が理解を得やすいということ。このように生活の「必要」に基づいた受益と負担をパッケージで提示していくべきだ。

「社会保障と税の一体改革」は、受益と負担の関係を明確化させた点で画期的だった。だが、最大の問題点は消費増税5%分のうち、社会保障の拡充には1%しか充てなかったことだ。仮に社会保障の拡充に充てる税の割合を1%から2.5%にまで引き上げたとしよう。そうすると、国立・私立大学の授業料は無償になり、幼稚園や保育園の利用料も無償化され、介護保険の1割負担がなくなり、全国の自治体病院の赤字が解消される。それでもおつりが出る。教育費の心配がなくなり、高齢者になっても医療費や介護費の心配をせずに済む。消費税率10%でこれらのことが実現されるとしたら有権者はどう考えるだろう。受益と負担をパッケージで示すことがいかに重要かということだ。

さらに言えば、医療や保育・介護に対する財政支出は、公共工事のバラマキよりも雇用創出効果が明らかに大きい。生活の「必要原理」に基づく再分配は、同じ税額を支出しても、「結果」的に成長を生み出すようになる。

必要原理を満たす社会に

所得税と消費税では税収調達力が明らかに異なる。消費税並みの税収を得ようとすれば、所得税も中間層を含むほぼすべての階層に対する税率を引き上げる必要があり、「サラリーマン増税」との批判を免れなくなる。

「共存型再分配」のポイントは、低所得者層にも納税してもらうことだ。その代わりにすべての人が受益者となり、社会も格差は小さくなる。繰り返しになるが、私はカネで人間を区別するやり方を支持しない。みんなが納税者になり、みんなが受益者になる社会で、「必要原理」に基づく社会保障や教育サービスが提供されれば、格差は是正できる。

なおかつ、生活保護をなくすことだってできる。なぜなら生活保護費の4割は医療扶助であり、すべての人に医療サービスが無償で提供されれば、その分の生活保護費はなくなるからである。同じように住宅や教育、介護などのサービスを全員が受益できる社会であれば、現在の生活保護におけるそれらの扶助はなくなる。それにより、貧困などに基づく「恥ずべき暴露」が解消され、誰もが「自己決定」や「承認欲求」を満たせるような社会に近づく。皆さんがめざしているのは、そのような社会ではないだろうか。

旧民主党が政権をとった当初の理念にもう一度、光を当てるべきだ。「共存型再分配」の理念は、所得制限を設けない「子ども手当」や「最低保障年金」「高校授業料無償化」に反映されていた。

私たちがめざすのは、「分断の政治」ではなく、「共通の政治」だ。誰かの悪口を言うよりも、信頼した方が得になるモデルをつくり出す。生きていくための必要をともに満たしていく「結果」として、意図せざる成長が生まれ、格差も小さくなる。そのような社会を私はめざしたい。

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