特集2016.04

一人ひとりを大切にする社会へ質の高い保育には「ゆとり」が必要
規制緩和を検証し財源の拡充を

2016/04/20
「保育園落ちた日本死ね」のブログエントリーが一気に社会現象になり、待機児童問題の深刻さを可視化させた。規制緩和が保育の現場に与えた影響や、待機児童問題の解決に向けた対処法などについて、取材を続けてきたジャーナリストに聞いた。
小林 美希 (こばやし みき) 労働経済ジャーナリスト
若者の雇用、結婚、出産、育児、医療の労働現場の問題などをテーマに取材活動を展開。著書に『ルポ 職場流産─雇用崩壊後の妊娠・出産・育児』(岩波書店)、『ルポ 産ませない社会』(河出書房新社)、『ルポ 保育崩壊』(岩波新書)など。

─待機児童の現状は?

一つに「育児休業の切り上げ」の問題があります。母親が育児休業を早めに切り上げ、0歳代で4月入園させる傾向が強まっています。育児休業を1年間取得すると、0歳児で定員が埋まっていて、入園できなくなるからです。育児休業の権利が使いづらくなっています。

一方、非正規雇用の増加が隠れた問題です。妊娠適齢期である25~34歳女性の非正規雇用率は4割を超えています。育児休業給付金の初回受給者に占める非正規社員の割合は3.4%(2014年度)に過ぎません。非正規社員は事実上ほとんど育休を取得できず、退職しています。こうして育休制度からこぼれ落ちた数多くの人は、保育所に預けたくても、就業できていないため預けられません。自営業で子どもを預けたくても預けられない人たちも含めれば、保育所に対する潜在的なニーズはさらに高く、保育所は大きく不足していると言えます。

非正規雇用で働いていた人が保育所に子どもを預けられない現状は格差拡大の要因になります。行政は、就業状況を点数化し、入園の優先度を決めます。その際、フルタイムで働く共働き世帯の点数がもっとも高くなりますが、それにより、収入が比較的安定した世帯が保育所を利用でき、収入が不安定な非正規雇用の世帯が保育所を利用しづらいという逆転現象が起きています。保育所に預けられず就業できない人たちの機会損失は数兆円規模に及ぶことを考えれば、国は長期的な視点で予算の優先度を上げる必要があります。

─行政の対応は?

行政は将来の少子化を想定し、公立の保育所を増やしたくありません。公務員削減の影響で保育士だけ増やしづらいという側面もあります。そこで行政は、認可保育所に民間委託し、人件費を抑えることで保育所不足に対応しようとしてきました。

保育行政は2000年に規制緩和され、株式会社が認可保育園を運営できるようになりました。そのこととセットで、保育所運営費の弾力運用が認められ、これにより株式会社は補助金から利益を得られるようになりました。

─保育士の現状は?

保育士の人手不足は顕著です。認可保育園には保育士の配置基準があり、児童1人当たりの保育士数が定められています。しかしその基準は長い間変えられないまま。複雑な家庭環境の子どもや、障がいのある子どもなど、さまざまな子どもが通う現在の保育所の環境に見合っていません。報告書などの事務作業も増えており、保育士一人当たりの業務量は飽和状態です。

その中で経験年数が浅い段階での離職が目立ちます。厚生労働省の資料(※)によると、経験年数2年未満の離職率は公立では10.1%、私立では17.9%です。私立保育所では不払い残業が当たり前という「無法状態」が常態化していて、待遇のあまりの悪さに離職する保育士が後を絶ちません。賃金も低く、私立では手取り16万~18万円程度がほとんど。公立では25万円程度になりますが、その賃金水準の半分くらいしかない非正規雇用が増えています。地域によっては園長以外、非正規雇用という実態すらあります。

過酷な労働環境で保育士は声を上げる体力すら残ってなく、コンビニで働いた方が労働条件がいいと、バーンアウトして離職する人もいます。公立の正職員にならない限り状況は改善されないので、保育士の仕事から退出している人が多いのが現実です。

─保育士の低賃金の要因は?

国が設定する保育士の賃金モデルが低すぎます。賃金カーブは短大卒5年目くらいの水準で頭打ち。国家公務員の俸給表を用いて算定される「本俸基準額」(2014年度)で、園長は25万9000円、保育士で19万7268円。私立ではそこから人件費を削って利益を出すのでさらに少なくなります。

私立の中には、人件費の安い若手保育士を多く採用し、利益を上げようとするところもあります。右も左もわからない若手保育士が業務を任され、保育の質が低下する事例も少なくありません。

また、人手不足の中で若手が多いと妊娠・出産ラッシュに直面し、マタハラが横行しやすくなります。つわりで休んだら1万円を賃金から天引きされたという「ブラック保育所」もありました。それでも保育所不足を背景に、そうした違法行為が見過ごされています。

─解決への糸口は?

「数合わせ」ではなく、質の高い保育を求めるべきです。それには保育士に「ゆとり」が必要で、賃金や労働時間をはじめとした処遇改善が欠かせません。

安倍政権は、待機児童対策を民間事業者の活用で解決しようとしています。しかし、保育を民間に委ねることの危険性はまだ十分に検証されていません。労働集約型の保育業界で民間企業が利益を得るためには、保育士の賃金を抑えるしかありません。

保育の財源は国費で賄うべきです。2004年に公立保育所運営費が一般財源化してから自治体は医療や介護、保育などの中で優先順位をつけられるようになりましたが、自治体の関心度によって保育は置き去りにされてきました。その中で補助金を出せば民間事業者は保育所を運営してくれて、支出を止めれば撤退してくれる行政にとって都合のよいものでした。しかしその結果、利益に走る民間事業者が増加し、保育の現場が崩壊している現状を見れば、そのあり方は見直されなければいけません。

すべてを公立化できないとしても、少なくとも民間事業者の管理体制を厳しくしなければなりません。補助金の使途をチェックし、離職率や運営費に占める人件費を公表するなどしなければ、未来を担う子どもたちを預けるわけにはいきません。

安倍政権はいわゆる「横浜方式」を参考にしようとしていますが、「横浜方式」は民間委託により、見かけ上、待機児童をゼロにしたというもの。それをそのまま、うのみにすることはできません。

国が保育に支出する予算は2000億~2500億円で、国家予算全体のわずか0.2%にすぎません。これを0.1ポイント引き上げるだけで、保育をめぐる環境は劇的な変化を遂げられます。

─保育士の処遇を改善するには?

日本でも保育士や看護師の専門性をわかりやすく可視化する努力が必要だと思います。それにより、一般の人にもそれらの仕事の価値が共有され、賃金引き上げの理解が得られやすくなるはずです。

ヨーロッパは福祉の仕事を公務員に担わせることでケアワーカーを守っています。日本はその逆で民間委託を進めようとしています。天然資源の乏しい日本は、人が資源です。人を育てるためには教育投資が必要で、その礎となるのが乳幼児期です。繰り返しになりますが、質の高い保育を提供するには保育士に「ゆとり」がなければいけません。そこへの投資がなによりも大切です。

「子どもは宝」という当たり前のことが当たり前でなくなった難しい時代にあるのかもしれません。それでも私たちは、繰り返し問題提起していくよりほかにないと考えています。

深刻化する待機児童問題

共働き世帯の増加などに子どもを保育所に預けたい人が増えている。2014年4月1日時点の待機児童数は厚生労働省によると全国で2万1371人。しかし、国が01年に定義を変えたことでカウント数が変わり、旧定義で見ると3万5144人に膨らむ。預けたくても就業していないため預けられない人、自営業でも預けたい人などを含めば潜在的なニーズはさらに高まるとされる。待機児童の約85%が0~2歳で都市部に集中している。

特集 2016.04一人ひとりを大切にする社会へ
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