特集2016.04

一人ひとりを大切にする社会へ「同一労働同一賃金」だけに捉われず「雇用差別」を一つひとつ解消すべき

2016/04/20
安倍政権が「同一労働同一賃金」を政策課題に掲げた。これをどう読み解けばいいだろうか。ドイツの雇用差別禁止法との比較から解説してもらった。
高橋 賢司 立正大学准教授

EUにおける雇用差別の禁止

ドイツの国内法は、EUの条例や指令に基づいています。ですから、まずEUの条例や規制についてお話しします。

EUには雇用差別禁止に関する三つの規制があります。

一つは、性を理由とした差別を禁止するEU条約第141条です。この条文は、性を理由とした差別を禁止し、同一労働同一賃金および同一価値労働同一賃金を定めると同時に、直接差別のみならず間接差別も禁止しています。例えば、ある職場で低賃金の仕事に就いているのが女性しかいないということがあれば、労働者は間接差別を理由に労働条件の是正を求めていくことができます。

二つは、パートおよび有期労働契約に関する指令です。パートタイム労働に関する指令は、UNICE、CEEPおよびETUCという三つの組織がソーシャル・パートナーとして基本協約を締結し、それがEC指令97/81として施行されています。この中で、パートタイム労働を理由とした不利益取り扱いが禁止されています。また、有期労働契約に関しては、EU指令99/70という指令が、同一または類似の労働、特に同一資格・同一技能がある場合の不利益取り扱いを禁止しています。

ドイツではこれらに対応してパートタイム就業促進法4条がパートタイム労働者に対する不利益取り扱いを禁止しています。有名な判例として、有期契約で働く教員が、フルタイムの教員だけに支給されていた遠足手当を有期契約労働者にも支払うべきだとして訴えて認められた事例があります。パート・有期労働契約に関する条文では、このように手当の取り扱いをめぐって差別が認められやすい特徴があります。

三つは、派遣労働に関する法規制です。これには、EC指令2008/104という指令があり、第5条が平等取り扱い義務を規定しています。ドイツ国内法ではこれに先立って「ジョブ・アクティブ法」という法律を定め、派遣労働者に対する不利益取り扱いを禁止していたのですが、この条文は2002年のハルツ法に引き継がれ、さらにこの法律の中で同一賃金原則も規定されています。

同一賃金原則と平等取り扱い

このようにドイツでは三つのレベルで雇用差別が禁止されています。ここで注目すべきは、パート・有期に対する差別禁止は、同一価値労働同一賃金原則によるものではなく、雇用形態を理由とした不利益取り扱いの禁止であるという点です。ドイツのパート・有期契約労働者は、労働協約の適用を受けると正社員と異なる職務に当てはめられます。ドイツでは職務に応じた職務給が労働協約で決められているので、パート・有期契約労働者が正社員と同じ賃金になることは少なくなります。ですから、差別的取り扱いを争う場合でも、賃金よりも手当に関する事例の方が認められやすくなります。

パート・有期契約労働者が賃金を上昇させたい場合、労働協約内の格付けを昇格させることが重要になります。この場合、格付けが不当に低いという争いが起きることがあり、そうしたケースでは訴訟になることがあります。なお、ドイツではパート・有期は、臨時・一時的な雇用であることが基本です。

日本における議論のねじれ

EUやドイツの議論と比較すると、現在の日本の同一労働同一賃金をめぐる議論はねじれを起こしていると言えます。ドイツの雇用差別に関する法制度は、性差別や派遣労働者に対する差別に同一賃金原則を定めているものの、パート・有期労働契約に関しては不利益取り扱いを禁止しているに過ぎません。

ところが現在の日本における議論は、同一賃金原則を雇用差別全般に当てはめようとしています。EUではこのような議論は見られません。政府は、改正労働者派遣法の議論の中で同一労働同一賃金が課題になったので、それを雇用差別全般に広げようとしているのでしょう。しかし、ここまで見たようにドイツの同一賃金原則は、差別の類型ごとに異なる対応を取っています。

「性」「パート・有期」「派遣」のように一つひとつの課題を解決しないまま、それらの課題をひっくるめて「同一賃金同一労働」を叫んでも、政治的な駆け引き材料になるだけで、内実を伴わない懸念があります。従来の問題に向き合う姿勢こそ問われるべきだと考えます。

例えば、男女同一賃金原則を定めた労働基準法4条には同一価値労働同一賃金は含まれないとされています。これはEUとの大きな違いです。

パートタイム労働者への差別的取り扱いを禁止したパートタイム労働法の8条、9条でも、転勤や配置の転換が問われることで、差別的取り扱いが禁止される労働者の割合はごくわずかに限定されています。労働契約法20条も同様です。

労働者派遣法の30条3項は、派遣先労働者との賃金をめぐる均衡待遇を規定していますが、努力義務にとどまっています。「派遣労働ネットワーク」の2013年の調査では通勤手当の支給がまったくないと答えた派遣労働者が42%に上りました。同じ職場で働く派遣労働者に対して通勤手当を支払わない合理的な理由を説明するのは難しいと言えます。

このように、これまでの雇用差別の問題にどう向き合うかが問われています。労働基準法では、同一価値労働同一賃金の導入が求められますし、パート・有期労働契約に関しては、通常の労働者と同一視される労働者の範囲を狭める要件を取り除いていくことが求められます。こうしたことが今後の議論を見守る上でのポイントになるでしょう。

客観的な要素を用いた賃金

雇用間における賃金格差の是正は、ドイツの職務給と日本の職能給との違いはあっても、少しずつ実現できると思っています。日本でもスキルや技術に基づいて賃金が決まっていれば、非正規労働者がそれを踏まえた賃金を求めていくことは可能なはずです。スキルや技術、勤続年数といった客観的な要素を用いた賃金表を政策や労働組合が主導してつくっていくことが大切です。配転などの要素を取り除き、同じ責任で同じ職務にある人と比較して同一賃金を要求していくのが最も論理的な方法であると言えます。

問題を広い視野で捉える

雇用差別の問題を「同一労働同一賃金」の問題に集約させることには懸念を覚えます。有期契約労働に関しては無期契約への転換、派遣労働者に関しては直接雇用への転換も大切な課題です。労働契約法18条に基づく無期転換ルールの脱法行為を防ぐ方策や、改正労働者派遣法では直接雇用申し込み義務が削除されていますが、この直接雇用への転換をいかに図るのかということに取り組まなければなりません。

ドイツをはじめEUは、雇用差別の問題を一つひとつ解消しようと試みてきました。そのような視点のない議論になってしまえば、これまでの規定をわずかに手直しするに過ぎない変更にとどまってしまうことに注意が必要です。

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