一人ひとりを大切にする社会へ時給1500円は一つの目安に
労使は公平性に基づく論議を
2015年4月から現職。雇用・労働の現場に軸足を置いた実証研究を展開。反貧困ネット北海道副代表。官製ワーキングプア問題の研究や公契約条例制定運動にも力を入れる。
北海道の最低賃金は764円(2015年10月8日発効)。私はここ数年、「官製ワーキングプア」の調査研究に力を入れていますが、自治体に雇われて働く臨時・非常勤職員や、自治体から発注された事業などで働く民間労働者の多くが年収200万円以下。中には、例えば庁舎清掃など最低賃金と同額で働く労働者もいて、それだと月160時間働いても月12万円強にしかなりません。
日本は、社会保障給付の内容も水準も低く、生活を送る上で賃金に依存する度合いが高い国です。働いて稼がなければならない。にもかかわらず、賃金に対する規制は脆弱で、国際的にみても最低賃金の水準は低位です。また同一労働同一賃金の原則も確立されていません。
クローズアップされる最賃制度
格差・貧困問題の広がりとともに、本来はその歯止めとなるはずの最低賃金制度がクローズアップされるようになってきました。
最低賃金の問題は女性労働者を中心に、以前から低賃金雇用は存在したとはいえ、主たる稼ぎ手である男性正社員と家計補助的な女性労働者という性別役割分業に基づく雇用・生活構造で覆い隠されてきました。母子世帯に象徴されるように、その構造からはずれた人に貧困は鋭く表れていたとはいえ、多くの人の目には見えなかった。それが、稼ぎ手である男性・中高年層にも雇用危機が広がり、非正規雇用という巨大なプールに彼らも放り込まれるようになった結果、世帯の主たる稼ぎ手に非正規雇用が増え、賃金の下支えとしての最低賃金の役割が高まっています(グラフ)。
安倍首相は「最低賃金全国平均1000円」を目標として掲げましたが、その水準でも低すぎると言えるでしょう。時給1000円で月160時間働いても年収200万円に届きません。
最低賃金の水準を議論する際は、最低生計費、もう少し抽象的に言えば、「健康で文化的な生活」「人間らしい生活」をいかに保障するかという観点が重要です。働いているのに生活に困窮するという事態はあってはなりません。
ところが日本の最低賃金基準は、(1)労働者の生計費(2)労働者の賃金(3)事業者の支払い能力─などに基づいて決められており、(3)の支払い能力が強調され過ぎることが問題点の一つです。
もちろん、私たちの生活は賃金だけではなく社会保障によっても守られているし、今後は、このところ連日報道されている保育はもちろんのこと、教育や住居などを含めた社会保障の拡充が求められるでしょう。したがって企業の支払い能力論に基づく最賃の決定を見直し、最低生計費に基づき先進諸国並みに最低賃金を引き上げながら、社会保障給付を手厚くする方向性が大切になるでしょう。
その際、最低賃金のめざすべき水準として時給1500円は一つの目安になるはずです。時給1500円で月160時間働いても年収288万円です。検討すべき水準ではないでしょうか。
最賃引き上げによる好循環
最低賃金が企業の支払い能力に拘束されるのはおかしいと前述しましたが、何も企業の経営を無視しているわけではありません。コスト削減競争のしわ寄せを受けている中小企業の存在を考えるならば、最低賃金引き上げと並行して、適正単価の支払いを中心に、発注条件を適正化することが必要です。
脇道にそれますが、このことは、公契約条例の制定をめざす全国的な運動と問題意識を共有しています。すなわち今日、財政難やコスト削減競争を背景に自治体が低価格で発注する事業で民間労使が困窮しています。その是正には、発注価格を中心に、自治体と民間事業者との間で結ばれる公契約の適正化が必要である、つまり、大本である発注者責任の強化が必要である、という考え方です。
最低賃金の引き上げは個別企業の視点ではコスト増となりますが、社会全体でみれば、適正な賃金が支払われることで、勤労世帯の消費購買力は高まります。低所得者層ほど消費性向が高いため、経済への波及効果も見込めます。もちろんそれは、中小企業にとっては売り上げ増加、経営改善を意味します。税収も増え、将来の低年金者の減少につながるほか、低所得ゆえに結婚や進学を断念せざるを得ない状況の是正にもなるでしょう。このようにコスト削減競争から生まれている悪循環を、最低賃金の引き上げや公契約条例の制定で好循環に転換していくべきです。
最低賃金の地域間格差問題
地域別に設定されている最低賃金が地域間格差を助長する問題も指摘されています。県境をまたぐだけで時給80円超の差が生じる場合もあり、労働力の流出を招くという批判もあります。
例えば、コンビニで売られている商品の価格は全国で同じです。ところが同じコンビニチェーンの店舗で働いても北海道と東京では時給に大きな開きがあります。同一価値労働同一賃金の観点からすればこうした時給格差はおかしいし、そもそも、最低生計費は地域によってそう大きな違いがないといった調査結果もあります。地域別にこれほど細かく最低賃金を設定しているのは先進国の中で日本くらいです。
さらに日本の最低賃金制度の問題点として、現行の審議会方式のあり方が指摘できます。組織率の低下に伴って労働組合の代表者性が問われる中で、低賃金労働者の声が最低賃金の目安を決める際に本当に反映されているのか、また、格差・貧困問題に大きな影響を与える重要なテーマにもかかわらず、審議が広く公開され関係者の参加が保証されているとは言えないのではないのでしょうか。民主主義の観点からも検証と是正が必要だと考えます。
労働組合による規制
安倍政権が「最低賃金引き上げ」「同一労働同一賃金」を提言しています。労働側はその内容を批判するだけでなく、雇用形態間・企業規模間の格差をどう是正するのか積極的に提示すべきでしょう。特に「同一労働同一賃金」に関しては、労働界が方針に掲げている内容とどう違うのかを提示すべきでしょう。
非正規労働者の賃金は、「生活給」の観点からも「仕事給」の観点からも妥当とは言えません。特に、非正規労働者が基幹化、専門職化する中で、仕事の内容や責任に見合わない賃金水準の労働者が増えています。その差を労働組合はどんな理屈でどこまで埋めようとしているのか。安倍政権の言う「同一労働同一賃金」に対峙させる必要があると思います。
税や社会保障を通じた再分配政策強化の必要性は言うまでもありませんが、労使間の分配に不正義があっていいわけではありません。今日、貧困の一方で富が蓄積・拡大しています。標準的な賃金・労働条件の規制を、企業内はもちろんのこと企業の枠を超えて広げていくことこそ、「ソーシャルユニオニズム」の本来のあり方だと考えます。産業別労組を中心に賃金規制を張り巡らせていく取り組みに力を入れてほしいと思います。