左派は運動のさらなる「民主化」を
2008年のリーマン・ショック以降、スペインの経済情勢は急速に悪化し、全世代の失業率は今も20%を超えています。特に若年層の失業率が高く、約半数が失業しているという状態です。経済がガタガタになった結果、スペインでは緊縮財政の名のもとに医療や教育分野といった社会保障が切り捨てられ、そのせいで、学校に通えない子どもや医療を受けられない人たちが続出しました。自分たちの声が政治に届いていないことを不満に感じた人々は、経済にデモクラシーをもたらそうと声を上げ始めていました。
そうした中、ポデモスは2014年1月に結党し、その後わずか2年もしないうちに総選挙で、約20%の議席を確保しました(350議席中69議席)。
ポデモスの中心的な支持層は、1980~2000年生まれの「ミレニアル世代」と呼ばれる若者たちです。彼/彼女らは、生まれたときには冷戦や高度経済成長が終わっていて、成長すると同時にリーマン・ショックに襲われ、これまでの世代が享受していた社会保障を受けられる保証が何もないという環境の中で育ち、不満や不安を抱えていました。
ポデモスは、緊縮財政がこのように人々を苦しめている現状を問題視します。そのためポデモスは社会保障切り捨てからの巻き返しをめざします。すなわち、反緊縮政策を掲げ、ネオリベラリズムやグローバル資本主義を打破すること。その内容として、公的医療保険制度の拡大や高等・幼児教育の無償化、週35時間労働などのほかに、国民全員に一律600ユーロを支給する「ベーシックインカム(BI)」制の導入や、基幹産業の国有化といったものを訴えてきました。
草の根のサークル活動
ポデモスがわずかな期間で大きな支持を得たのには、こうした反緊縮政策によるものの一方で、SNSなどを活用した運動の展開があります。2011年、「アラブの春」に影響を受けた人々が、インターネットを介して呼び掛けをし、それに共感した人々がスペイン・マドリードの公園を占拠した「15M」(5月15日)運動と呼ばれる出来事がありました。この運動は、アメリカの「オキュパイストリート」運動にも影響を与えていきます。このように、ポデモスが結党される前から、インターネットを介した路上の運動がありました。
また、こうした運動と並行してスペインでは社会問題に関心のある人たちが自主的に小さなサークルをつくって活動してきました。この「シルクロ」(サークルの意)と呼ばれる草の根の集まりは、1団体10~数百人くらいの小団体ですが、スペイン全土に1000を超えてつくられ、その水平的なつながりがポデモスの原動力になっています。
ポデモスには党組織や官僚組織とは異なる、もっと自主的で多様性のある「シルクロ」が数多くあります。それらの集まりと党本部の関係は、一定の共通コードはあるものの、そのほかの集まりは増えるに任せるという形で党本部が細かく管理することはありません。「シルクロ」は、あくまで自主的に活動します。その集まりのテーマは多彩です。教育問題や銀行への投資問題に特化したものから、地域の課題に特化したもの、趣味や文化レベルの集まりもあります(例:音楽のサークル→Podemos Msicaなど)。要するに、SNSで自分の好きなコミュニティーに参加するような感覚です。
こうした「シルクロ」は小口献金で運営されています。その強みは、自分の興味のあるサークルに参加して、お金を出し合って運動をつくることで、大口献金に左右されないこと。自分が参加して運動するので、一緒に活動している感覚を強く持つことができますし、運動に対するアカウンタビリティー(説明責任)を各人が担うようになります。これが、ポデモスが結党からわずか2年弱で多くの議席を確保できた理由の一つです。
財源論にこだわり過ぎない
前述したようなポデモスの政策がすべて実現しうるかというと現実的には難しいと言えるでしょう。連立政権に参加するとなれば、BIや基幹産業の国有化という政策をトーンダウンさせる必要に迫られます。一方、日本の私たちは、財源論に捉われ過ぎる必要があるでしょうか。日本でも安倍首相のような富裕層から税金をとり、再分配するということを野党がしっかり訴えれば、支持は得られるのではないでしょうか。
欧州が移民や難民問題で文化的な危機を迎える中で、ポデモスのような左派系の新政党は、穏健な多党制を保持するためのくさびとなるはずです。元来、多極共存型の欧州において、ポデモスのような存在は、反緊縮と反移民を結びつけた右派政党の台頭に対抗し、EUの健全さを取り戻す一つの要因となるはずです。
運動の民主化
スペインと日本との単純な比較は困難です。スペインには70年代の民主化運動の歴史がありますし、供託金制度などを含めて政治参画のハードルが高い日本と比べて、新規参入がしやすいという政治的な土台があります。
一方、台湾の「ひまわり学生運動」や香港の「雨傘革命」、アメリカのサンダース旋風など、世界中で右傾化や格差拡大に歯止めをかけようとする市民運動が勢いを増しています。いわゆる「地盤・看板・鞄」がなくても、インターネットのバーチャルなつながりのみならず、サークルのようなリアルなコミュニティーを通じて、人々の豊饒な集まりが生まれ、社会運動化し、選挙に還元させていく動きが目に見えて起きています。
重要なのは、こうした「グラスルーツ」=草の根の運動による各地での運動と、インターネット上でクラウド化する運動とを組み合わせることです。これが何を意味するのかというと、労働運動を含めて左派系の運動を民主化するということです。運動に参加する人たちの声をどうしたら現実を変えることにつなげられるのか。参加する感覚をどうやったら感じてもらえるのか。そういう戦略を高めるということです。
これまでの左派系の運動は「いいことは言っていても選挙では票につながらない」ということがよく見られました。運動側が発する言葉が難しくて、一般の労働者に届いていなかった現状をポデモスの党首であるイグレシアス氏は問題視しました。
もともと、ポデモスには、EUの政治がスペインの民主主義を奪っているという問題意識がありました。ブリュッセルから指令がメールで届くが、私たちはその協議に参加できていない。そういう非民主的な決定に従うのはやめよう。そういうことを言ってきました。
翻って日本の労働運動を見るならば、労働組合にも組織内の民主化がより求められると言えるはずです。始まりつつある参加型民主主義の動きを労働組合が組織レベルで育てていくことが大切です。このことは、本質的に就業環境の改善をつうじた財の再分配を目的とし、平等主義から成り立っている労働組合だからこそ展開できるはずなのです。