職場で死ぬ人がいない社会をつくるために電通過労自殺事件から学ぶべきこと
「働き方改革」が話題となる昨今だが、衝撃的な事件が起こってしまった。電通の新入社員が自殺し、労災認定された件である。月間100時間を超える残業、SNSにより悲痛な叫びが繰り返されたことなどが報じられている。
同社で過労自殺事件が起きたのは、これが初めてではない。また、数年前にも過労死で労災認定を受けた事件が発生していたことも明らかになった。東京労働局の過重労働撲滅特別対策班(通称:かとく)による抜き打ちの検査も行われた。現在も日々、この事件に関する情報がメディアで紹介されている。
「大手広告代理店」「電通」や「東大卒」「女性」「新人」「母子家庭出身」などのキーワードがひとり歩きし、ネット上の言説などは、ややセンセーショナルになっているとも感じるのだが、この事件のことは冷静に、「自分ごと」として考えたい。労働組合関係者だけでなく、働く者すべての問題である。自分の職場でこのような悲劇が起きないためにどうすればいいのかという視点だ。言うまでもなく、自分自身がそんな状況に追い込まれないためにはどうすればいいのかを考えなくてはならない。
社会学の古典的な本にエミール・デュルケムの『自殺論』というものがある。人はなぜ自殺をするのかについて、考察した書籍である。デリケートなテーマに踏み込んだ大著である。学術研究は先人の一歩の上に成り立っているわけで、この研究が大きな一歩だったことは間違いない。もっとも、現在から考えるとデータの取り方や考察の仕方などに疑問を抱く部分がある。よくある批判は、「自殺者」だけを捉えたものであり、「自殺未遂者」の調査が行われていないというものである。
過労死や過労自殺を論じる際は、死に至った者だけでなく、その予備軍も含めて論じなくてはならない。個別の事件についての検証はもちろんだが、いかにこのような悲劇を増やさないかということを考えるべきだ。仕事の絶対量やプロセスを見直すこと、個々人の健康を確認することが大切であることは言うまでもない。
なぜ人は過労自殺に至るのかという点についても考察が必要だ。先日、衝撃的なメールをいただいた。彼は働き過ぎで体調を崩し、うつ状態だったそうだ。自殺を考えていたのだが、思いとどまった。そんな中で電通の過労自殺事件の報道があった。この問題に関する私の記事を読み、いても立ってもいられなくなり、メールを出したのだという。
彼が自殺を決意したのは、未来への絶望と、上司たちへの復讐だった。特に後者においては、上司のある一言がきっかけで大きな不信感を抱くようになったという。自殺をすることにより、会社や上司に復讐できると考えた。彼は、電通の過労自殺についても、亡くなった方がそんな感情を抱いたのではないかという可能性を指摘していた。
職場で死ぬ人がいない社会をつくるために、われわれは努力しなくてはならない。「働き方改革」が話題となる今日このごろだが、政治に声を伝えること、目の前の問題を解決すること、何より、人に優しくあること。これらのことに地道に取り組もう。