常見陽平のはたらく道2024.11

「静かな退職」の何が悪いのか

2024/11/15
最低限の仕事さえしていればOKという考えに至るのは、なぜなのか。そこに変革のヒントがあるはずだ。

最近の働き方に関する新語・流行語で多いのが、実は退職関連だ。若いうちに稼いで早期に引退するFIRE、退職手続きを代行する退職代行サービス、早期離職を象徴する「石の上にも半年」などである。一度退職した社員を呼び戻す、アルムナイ採用、カムバック採用も注目を集めている。

「静かな退職」もその一つだ。これは米国でも話題となっている言葉である。退職をするわけではないが、必要最低限の業務しかこなさない、必ず定時で帰るなどする。そんな働き方に注目が集まっており、若者を中心に共感を集めている。

この「静かな退職」について問題視する声もある。経営側からの視点で言うならば、モチベーションが低い社員は問題視される。より積極的に働き、成果を上げてもらった方が経営側は得をする。不満を抱えて働く社員を不幸だと捉える声もある。少しでも仕事にやりがい、生きがいを感じてもらえるように対策を練らなくてはならないと考える人もいる。仕事もプライベートも充実していて、意欲的に物事に取り組んでいる人を一般化して考えると、「静かな退職」は「かわいそうな人」そのものだと矮小化されるだろう。

ただ、果たしてそうか。「静かな退職」は実はまっとうな選択ではないか。なぜ、「静かな退職」をするのか。その背景を理解しなくてはならない。

企業社会は矛盾に満ちている。自社のビジネスは、世のため、人のために役に立っているのか? 政治献金、パーティー券などの形で政治の腐敗の原因になっていないか? 取引先から搾取していないか? 環境を汚染していないか? さらには、社内の組織・人事マネジメントは適切か? 例えば、男女の差別、各種ハラスメントなどは存在しないか? 仕事にやりがいが感じられないのではないか? このような、企業と社会の現実が、「静かな退職」を誘発していないだろうか。「やる気のない若者はけしからん」「自己責任だ」という話で片付けてはいけない。会社と社会の問題により生み出されていないか?

さらに、そもそも論で言うならば、「静かな退職」をする人は、何も悪いことはしていない。言われた仕事を合格点、及第点レベルでこなし、定時に出勤し、退社する。これの何が悪いのか。高い成果を出す、仲間と切磋琢磨する、そのために寝食を忘れて仕事をする、いつも評価にさらされる、時にすり減ってしまう……。こちらの方が異常ではないか。自立・自律を求められ、成長を求められる方がおかしくないかという考え方もできなくはない。ましてや、美談化された企業のパーパスなどが語られる一方で、矛盾に満ちた企業、職場でそんなに真面目にやっていられるかという気分にもなる。

この連載でもずっと主張していることであるが、人手・人材不足は会社と社会を変える。さらにこれは、労使が真剣に議論できるテーマである。「静かな退職」を労働者批判で終わらせてはいけない。職場は、仕事はまっとうなものなのか。問われている論点はこれである。「退職」には、変革のヒントが多数眠っているのである。

常見 陽平 (つねみ ようへい) 千葉商科大学 准教授。働き方評論家。ProFuture株式会社 HR総研 客員研究員。ソーシャルメディアリスク研究所 客員研究員。『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)、『「就活」と日本社会』(NHKブックス)、『なぜ、残業はなくならないのか』 (祥伝社)など著書多数。
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