人手不足と労働組合人手不足で高まる人材育成の意義
労働時間短縮を人への再投資につなげるべき
人手不足の現状
まず、人手不足の現状を見ていきましょう。2015年度平均の完全失業率は3.3%で19年ぶりの低水準となり、有効求人倍率も同年度平均で1.23倍と24年ぶりの高水準となりました。この状況は、仕事の需要不足というより、仕事内容のミスマッチが失業理由の中心になっていると言えるでしょう。
(独)労働政策研究・研修機構では「人材(人手)不足の現状等に関する調査」(PDF)(2016年、以下断りのない限り同調査の結果)を実施し、企業・労働者双方に人手不足の状況を聞きました。その結果、企業の49.4%、労働者の57.0%が、「人手が不足していると感じている」と回答しました(図1)。
どのような人材が不足しているかというと、非正社員より正社員が不足しているとする企業が多くなりました(非正社員「大いに不足」4.9%、「やや不足」18.5%、正社員「大いに不足」6.5%、「やや不足」38.2%)。
さらに、今後の展望を尋ねると、「人手不足はいっそう深刻化すると思う」と答えた企業は34.7%、「現状程度の不足が慢性的に継続すると思う」が37.3%に上りました。併せて、人手不足を感じている7割以上の企業が人手不足の継続や慢性化を予想しています。
モチベーションの低下につながる
人手不足の原因を聞いたところ、最も多かったのは、「人材獲得競争の激化」(66.6%)で、次いで多かったのは、「慢性的な人手不足産業」(40.9%)でした。これに「離職の増加」(34.0%)が続きました。
では、こうした状況は企業経営にどのような影響を及ぼしているでしょうか。人手不足が企業経営に影響を与えていると答えた企業(「深刻な影響を及ぼしている」14.1%、「一定の影響を及ぼしている」52.1%)にその内容を聞いたところ最も多かったのは、「需要の増加に対応できない」(45.4%)で、次いで「技術・ノウハウの着実な伝承が困難になっている」(41.5%)でした。
一方、人手不足が職場に及ぼしている影響を聞くと、「時間外労働の増加や休暇取得数の減少」(69.8%)がトップで、次に「従業員間の人間関係や職場の雰囲気の悪化」(28.7%)、「教育訓練や能力開発機会の減少」(27.1%)、「従業員の労働意欲の低下」(27.0%)、「離職の増加」(25.6%)などがほぼ同じ割合で続きました(図2)。人手不足が残業増加や従業員のモチベーション低下に影響していることがわかります。
また、人手不足は離職に影響します。「人手がかなり不足している」企業では、29.2%の従業員が転職等を志望しています。さらに、「転職経験がある」と回答した人にその理由を聞くと「仕事がきつい・ストレスが大きい」(22.9%)で最も高く、「賃金が安い」(22.8%)、「キャリアアップ」(21.8%)、「会社の将来性、安定性に対する不安」(20.8%)が続きました。「労働時間が長い」「仕事のやりがいがない、少ない」という回答も上位に挙がりました。
その一方で、「平成28年版 労働経済の分析」は、どういう職場なら現在の勤務先で引き続き働きたいかを分析しました。その結果、「社内コミュニケーションの円滑化」「労働時間の短縮化」の対策を実施している企業では、その割合が高まることがわかりました(図3)。
ここまでの調査結果から言えるのは、長時間労働で人材を使い潰す「ブラック企業」は、時代の変化に気付いていないということです。仕事がきつく、賃金が安い職場は、人手不足時代には通用しないばかりか、逆行するものになっているのです。
教育訓練と省力化
ここからは人手不足への対応状況を見ていきましょう。
人手不足を緩和するための対策に取り組んでいる企業は61.9%に上ります。この中で、「取り組んでいて効果があった」として挙がった項目で最も多かったのは、「中途採用の強化(採用チャネルの多様化)」(68.9%)です。注目すべきポイントとしては、「非正社員から正社員への登用を進める」(34.0%)、「社内人材の多能工化(教育訓練・能力開発)を進める」(20.5%)が効果のあった対策として認識されていることです。
また、人手不足に直面した場合の対策を人手不足を感じていない企業を含めたすべての有効回答企業労使に聞きました。すると、「従業員の教育訓練・能力開発を強化すること」を「積極的に行うべきだと思う」と答えた企業は24.4%でした。これに対して、「(社会全体として)教育訓練・能力開発を強化すること」を「積極的に行うべきだと思う」と答えた労働者は45.5%に上りました。企業より労働者の方が教育訓練の積極的な実施を求めているとわかります。
同じように、「省力化投資(機械化、自動化、IT化等)を行うこと」も企業より労働者の方が積極的に行うべきという回答が多くなりました(図4)。省力化などによって労働時間を短くし、浮いたコストを従業員の教育訓練に投資する。こうした認識は労使に共通したニーズだと言えそうです。
離職防止に役立つものは?
また、多くの企業は、付加価値を向上させるための取り組みとして、「人材育成(教育訓練・能力開発)機会の充実」に取り組んでいきたいと考えています(「現在+今後取り組む」の割合62.2%)。
では、労働生産性を高めるために必要と考えているものを業種別に見ていきましょう。情報通信業では「仕事の進め方の見直し」(66.7%)がトップで、「メンタルヘルス対策・健康確保策」(58.7%)が次いで多くなっています。また、「長時間労働の解消」(49.2%)、「教育訓練・能力開発のテコ入れ」(39.7%)も回答の上位に挙がっていることも注目点です。
労働者の能力を引き出すことは、企業業績の改善や離職防止につながります。「平成28年版 労働経済の分析」は、労働者が「能力を発揮できていると感じている」場合は、現在の勤務先で引き続き働くことを希望する労働者の割合が高くなっていると分析しました(図5)。それでは、どういった場合に、労働者が能力を発揮できていると感じるかというと、会社が「モチベーション」「人材育成」「仕事と生活等の両立」に取り組んでいると労働者が評価している場合には、その割合が高くなる結果になりました。離職防止にこれらの取り組みが効果をもたらすということです。
教育訓練費は減少傾向
民間企業における教育訓練費の割合は、1980年代まで一貫して上昇していましたが、90年代以降は低下・横ばい傾向にあります(図6)。一方で、自己啓発を行う労働者の割合は上昇傾向にあります。人手不足調査で労働者に自己啓発を行う目的を聞くと、「現在の仕事に必要な知識や技能を身に付ける」(67.5%)が最も多く、「将来の仕事やキャリアアップ(昇進・昇格を含む)に備えるため」(40.3%)が続きました。転職や独立のためというよりも、今の仕事に関するスキルをブラッシュアップさせたいという労働者の意向が垣間見えます。
このように労働者が自己啓発を行うのは、経済環境の変化に伴って、倒産やリストラ・解雇のリスクに常に直面しているという不安があるからでしょう。実際、労働政策研究・研修機構が1997年から7回実施している勤労生活調査では、終身雇用を支持する人の割合が増加しています。自己啓発は同じ会社で働き続けたいという労働者の気持ちの表れではないでしょうか。
他方で、自己啓発で課題になっているのは、「時間の確保が難しい」(75.6%)、「費用負担がかかる・大きい」(47.0%)が上位です。時間とお金の問題が大きいことがわかります(図7)。
労働時間短縮を人への再投資に
では、働く人はどのような技術・技能を身に付ければよいでしょうか。技術革新の速度が速まる中にあっては、かつてのように企業特殊的な技能・技術だけではなく、汎用性のある技能・技術を身に付けることが大切になってきます。
これまでの調査結果のように、企業は教育訓練の強化に取り組まざるを得ないと考えるようになっています。企業は労働時間の短縮を人への再投資につなげ、その結果が人手不足の対応策として有効であると認識すべきでしょう。労働組合はこのことを正々堂々と企業に対して要求すべきです。
人手不足の中で、命令=従順という手法を採れば、離職やメンタル不全が増加し、最悪の場合には過労死・過労自殺を招くことすらあります。さらに人手不足は、粉飾決算などの業務不正につながる傾向も指摘されています。「働く者の健康なくして、健全な経営は成り立たない」という過労死弁護団の川人博弁護士の言葉はまさにその通りです。
成長の見込める新規事業に人材・資源を投入するためには、内部育成型の人材が必要不可欠です。企業にとっては、技能・技術を形成するための時間と人材育成のコストを確保すること、また、そのために管理職によるタイムマネジメントが重要になってくると言えるでしょう。