特集2016.12

人手不足と労働組合「求人詐欺」を排し、健全な労働市場の構築へ
労働組合は情報公開に関与を

2016/12/15
成長産業や労働条件のよい企業に働く人が移動する好循環を創らなければならないのに、「求人詐欺」で働く人を使い潰すブラック企業が後を絶たない。健全な労働市場を構築しなければならない。
上西 充子 法政大学キャリアデザイン学部教授
青少年の雇用機会の確保及び職場への定着に関して事業主、職業紹介事業者等その他の関係者が適切に対処するための指針
(出所) 厚生労働省

「求人詐欺」問題とは

「求人詐欺」は、最近になってようやく表面化した問題です。

「求人詐欺」とは、「求人者が実際の労働契約の内容よりも意図的に誇張した求人内容を提示し、求職者を騙して集めてくる」手法です。求職者は、応募の段階で実際の労働契約の内容を知ることが困難です。そのため事前に備えることが難しく、無防備な状態になっています。ここに「求人詐欺」の悪質性があります。

ハローワークには、求人票の記載内容に関するたくさんの苦情が寄せられています。2015年度には1万937件の申出・苦情等が求職者から寄せられました。この件数は氷山の一角に過ぎないでしょう。例えば、一般の商品なら購入後に不備があれば苦情を言って、返金してもらうことができます。しかし、求人詐欺の場合、苦情を伝えても取り返しのつかないケースが多い。「求人詐欺」の被害者は、諦めて他の仕事を探すか、我慢して働くかという選択肢から選ばざるを得ないケースが多いわけです。このような背景から多くの人が泣き寝入りしているのが現実です。

求人内容と労働契約の内容は、それが異なっていても法的には問題ない仕組みになっています。厚生労働省は、求人にはさまざまな求職者が応募してくるので、当初の求人内容のまま労働契約を締結するとなれば、雇用機会がむしろ少なくなると説明しています。求人内容と労働契約の内容が異なるのであれば、その際に説明して合意を得ればいいという解釈です。「求人詐欺」は、この仕組みを戦略的に悪用した手法です。

固定残業代の弊害

「求人詐欺」では、固定残業代の問題がとりわけ顕在化しています。求人票等に記載した給与に残業代を含めることで、実際の給与額より高く見せる手法です。この手法を許してしまうと次のような問題が起きます。例えばC社が残業代込みの事実を隠して求人内容に給与24万円とだけ表示する。すると、残業代が含まれていないA社の20万円という給与はC社の金額に比べて明らかに見劣りします。このためA社は、残業代や諸手当を含めて表示金額を水増しして、24万円とし、C社の給与に見劣りしないようにします。このように「求人詐欺」問題では、求人を出す企業が求人内容をごまかす方向に力が作用します。ここに労働市場の健全化を妨げる大きな問題があります。

固定残業代が明示されないと、見せかけの月給が高くなる
(資料) 上西教授作成資料から引用

市場メカニズムの健全化

人手不足になると賃金を上げて人材を確保しようとするのが、通常の市場メカニズムです。しかし、「求人詐欺」問題では、実質の賃金を上げるのではなく、見た目の賃金を上げる手法が横行してしまっています。

問題のある企業に求職者が吸い寄せられる事態を防ぎ、良好な企業に求職者が流れる仕組みを創らなければなりません。これは、健全な労働市場を生み出し、社会の生産性を向上させ、労働者の暮らしや健康を守ることにつながります。政府も企業も労働組合も、社会全体で取り組むべき課題です。

健全な労働市場を生み出すためには、「求人詐欺」を取り締まるだけではなく、良好な労働環境を提供している企業にもっと目を向けさせる必要があります。求人内容を偽って人を採用しようとする企業ではなく、もっとまともな労働条件の企業の労働環境の情報が公開され、そうした企業に人が集まる仕組みにしなければなりません。

情報公開の重要性

ところが、「まとも」な企業も情報公開に率先して取り組んでいるとは言い難い状況です。就職説明会などで学生が労働条件を聞いてくるのは困ったものだという意識がいまだに企業側に残っていたりします。

最近の学生は、『就職四季報』などを頼りに労働条件のいい企業を選ぶ傾向が強まっています。その意識の変化に企業が対応しきれていません。企業は若者たちの意識の変化を社会の変化として受け止め、そのことを前提として、積極的な情報開示で優秀な人材を確保する戦略を構築していくべきです。

その流れはすでに女性の社会進出で裏付けされています。結婚退職が当たり前の時代から、就業継続策などを積極的に整備した企業ほど優秀な女性が集まる時代へと、変化してきました。積極的に労務管理を正している企業の方が生き残るし、優秀な人材が入ってくるという時代に社会はすでに変化しています。

具体的な対処策は?

「求人詐欺」に対する具体的な対処策としては、この間、私がかかわっていたブラック企業対策プロジェクトでは3回にわたって、新規大卒者の採用に関する政策提言を政府や経団連にしてきました。

2014年の提言では、採用内定(内々定含む)時に労働条件を通知するよう要請しました。この中では、固定残業代を利用しないことや、利用する場合にも内訳を明確化すべきこと、裁量労働制の導入の有無の明記などを提言しました。また、2016年には、募集要項に関する提言を行いました。ここでも固定残業代に関して募集段階から明示すべき旨などを提言に盛り込みました。

そもそも求人票等に、固定残業代や裁量労働制などの有無が記載されていなければ、求職者はその制度があるかどうかを事前に知ることができません。こうした問題を解決するために、プロジェクトでは、「モデル求人票」を作るべきだと提言しました。固定残業代や裁量労働制の有無などを記載した「モデル求人票」を作り、それらを検索して「見える化」するウェブサイトの構築を提言しました。

また、求人段階での対策とともに、求人内容と労働契約の内容の差異に関して、労働契約の内容が求人内容を下回らないようにするといった対策も求められます。

組合員を増やす戦略を

労働組合には、今いる組合員だけではなく、これから組合員になる人たちに向けて積極的に情報発信してほしいと思います。例えば、自社の求人内容が職場の実態を正確に反映しているかをチェックしたり、内定式の際に労働条件通知書を文書で渡すように要求したりといった取り組みができます。企業の採用サイトのように、労働組合も学生向けのサイトをつくってもいいと思います。

学生は、労働組合の取り組みも見ています。例えば、KDDI労組が勤務間インターバル制度に積極的に取り組んでいることもわかります。労働組合の日頃の活動をもっと発信してほしいと思います。

労働組合が情報発信することで、組合のある企業に入ろうとする若者も増えるはずです。例えば、情報サービス産業は全体として長時間労働のあるイメージを学生から持たれています。そこで労働組合が「こういう企業なら大丈夫だよ」と発信して、業界に「区切り」を入れていく。それによって組合のある企業に就職する若者が増えていく。このように労働組合は、健全な労働市場の構築に貢献することで、自らの組織拡大にもつなげていけるはずです。

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