特集2017.03

IT業界の働き方を変える情報通信業はなぜ長時間「残業」が発生するのか
データで読み解く残業の発生要因

2017/03/16
情報通信業界の長時間労働はなぜ起きるのか。データを分析して背景にある構造を読み解く。
三家本 里実 NPO法人POSSE
一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程

はじめに

情報通信業における長時間労働問題の深刻さは、残業時間の長さに表れている。厚生労働省「毎月勤労統計調査」によると、情報通信業の月間総実労働時間は、他産業に比べて際立って長いわけではない(167.5時間)。だが、所定外労働時間、つまり残業時間は、全産業の中で2番目に長く19.7時間である(最も長いのは、トラック運転手などが働く「運輸業、郵便業」である)。

こうした長時間残業が、メンタルヘルスの不調や離職の問題を引き起こしていることは、想像に難くない。本稿では、こうした長時間「残業」が何によってもたらされているのか、その要因を明らかにする。

なお、本稿は、筆者が「正規・非正規の多様な働き方に関する調査研究」「正社員の仕事と雇用管理の実態変化に関する研究」研究会に参加し、労働政策研究・研修機構(JILPT)が2014年3月に実施した「正社員の労働負荷と職場の現状に関する調査」のデータを再分析したものの要約である。より詳細には、労働政策研究報告書No.185『働き方の二極化と正社員―JILPTアンケート調査二次分析結果―』の第6章「情報通信業における長時間残業の要因とその影響」として公表されている。

使用するデータと対象者の属性

当調査は、全国の15~34歳の正社員(農林漁業、公務を除く)を対象としている。調査対象者は楽天リサーチ株式会社の登録モニターであり、産業ごとにサンプル上限数を設定し、情報通信業は900サンプルを回収している。

労働者の属性を見ると、「30~34歳」が6割以上を占め、男女比では、男性が63%、女性が37%であった。また、他産業に比べて、大学・大学院を卒業し、新卒採用された若年者が多い産業であることがわかる。職種では、システムエンジニアなどの「技術系専門職」が59.7%を占めた。

長時間残業の現状

労働時間について見ると、1日の所定労働時間は比較的短いが、残業「あり」の割合が高く82.7%であった(全産業平均は77.6%)。月の残業時間は、全産業平均と同様、「20~40時間未満」が27.9%と、最も多い。ただし、「40~60時間未満」と「60時間以上」で全産業平均を上回り(それぞれ、15.7%と12.0%)、反対に「0時間(残業なし)」「1~10時間未満」「10~20時間未満」で平均を下回っている。ここから、やはり長時間残業の傾向にあることが読み取れる。

次に、誰が「60時間以上」の長時間残業を担っているのかを見ると、「500人以上」規模の企業に勤め、「30~34歳」の「役職はない」労働者であった。ただし、役職については、主任・リーダーを含む「係長相当職」も約2割を占め、「40~60時間未満」では約3割であった。このように、長時間残業を担っている者には、比較的下位の役職に就く、いわゆるプレイングマネジャーが多いことがわかる。

残業が発生する条件

では、上記のような長時間残業は、どのような条件の下で存立しているのだろうか。ここでは、「仕事のやり方」、および「仕事の量」に対して、労働者がどれほど決定権を有しているのか(裁量度)と、残業時間の関係について見ていく。裁量度は、「かなりできる」「ややできる」「ほとんどできない」「まったくできない」の4段階である。

仕事の「やり方」に対する裁量度、残業時間の分布
出所:『働き方の二極化と正社員 -JILPTアンケート調査二次分析結果-』(労働政策研究・研修機構、2016年)

まず、「仕事のやり方」については、これを自分で決定することが「かなりできる」場合にも、残業時間が短いわけではないことがわかる。「かなりできる」の該当者のうち、「40~60時間未満」と「60時間以上」の割合は、それぞれ18.5%と12.0%であり、先に示した情報通信業における計(15.7%と12.0%)と大きな差は見られない。つまり、「仕事のやり方」に対する裁量があっても、それが労働時間を調整することに必ずしも結びつかないということである。

仕事の「量」に対する裁量度、残業時間の分布
出所:『働き方の二極化と正社員 -JILPTアンケート調査二次分析結果-』(労働政策研究・研修機構、2016年)

次に、「仕事の量」について見ると、これを自分で決定することが「まったくできない」場合に、長時間残業の傾向にある。「まったくできない」場合の「60時間以上」の比率は21.8%で、情報通信業における計(12.0%)よりも高い数値を示している。実際にITエンジニアからは、仕事のやり方に対する裁量はあっても、業務量を調整することは困難だという声をよく聞くが、これが長時間残業に大きな影響を与えているのである。

残業発生の直接的要因

理由別、残業時間の分布
注:残業理由についての設問であるため、それぞれ残業「なし」を除いた計から求めた割合である
出所:『働き方の二極化と正社員 -JILPTアンケート調査二次分析結果-』(労働政策研究・研修機構、2016年)

それでは、残業が発生する直接的な要因について、労働者自身はどのように認識しているのだろうか。残業する理由を複数回答で聞いた結果、最も多い回答は「業務量が多い」であった(63.6%)。次いで、「納期にゆとりがない」(37.6%)、「突発的に仕事が飛び込んでくるから」(36.3%)となっている。

さらに、残業する理由別に、残業時間の分布をみると、「目標値・ノルマが高い」と答えた者は、「40~60時間未満」と「60時間以上」の割合が高く、約6割を占める。

以上から、情報通信業においては、業務量の多さが、「残業」そのものの発生要因であり、目標値やノルマの高さが、「長時間」残業の発生をもたらしていることがわかる。

労務管理との関連

実際の目標管理の状況を見ると、「成果物の数の目標が設定されている」場合に、長時間残業がもたらされていた。加えて、これが月給の変動と連動していることが、情報通信業における労務管理の特徴である。「60時間以上」残業している者で、「前年度の成績や業績により、次年度の月給が下がることがある」と答えた者は40.7%であった。これは、全産業平均の「60時間以上」残業している該当者に比べても高い(29.1%)。

業務量の多さによって残業が発生することは、全産業に共通している。ただし、それが長時間化するのは、成果や業績によって次年度の月給が変動する可能性が高い場合であり、この点に情報通信業特有の問題が見いだされる。すなわち、情報通信業における長時間「残業」には、企業の労務管理が大きく関係しているのである。

以上のような長時間残業はさまざまな弊害をもたらすが、中でも、「キャリアの方向性が見えない」「仕事のモチベーションを維持できない」などと感じることにつながり、こうした傾向は残業時間の短い労働者に比べて顕著であった。

昨今、残業時間の上限規制の議論が進められており、その実現が重要であることに疑いの余地はない。それでも、上記の分析からは、仕事の量それ自体が減らなければ、この規制が、長時間労働に対して実行力のある歯止めとして機能しないことがわかるだろう。労働者がサービス残業に追い込まれることは目に見えており、だからこそ、上限規制に加えて、業務量そのものを減らす取り組みが真に求められている。

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