特集2017.10

労使コミュニケーション再考疎隔化する労使関係
国民経済的観点から労使関係の問い直しを

2017/10/05
戦後の高度成長期から現在まで、日本の労使関係はどのように変化してきたのだろうか。労使関係は、日本の産業を発展させるための基盤だ。広い視野で捉えなおす必要がある。
戎野 淑子 立正大学教授

広い意味での労使関係

労使関係には、従業員あるいは労組と企業という狭い関係だけではなく、もっと広い意味があります。戦後日本に影響を与えたJ・T・ダンロップは、労使関係は、広い意味でマクロエコノミクスだと指摘しました。

日本でも、労使関係は戦後さまざまに広く解釈され、労使関係論学者の森五郎は、労使関係とは社会的諸関係を包括するもので、使用者階層と失業者も含めた労働者階層との関係を指すものとして捉えました。

戦後日本が焼け野原の中から産業復興を図るにあたって、大きな支柱となったのが労使関係でした。食べ物も仕事も満足に得られない経済状況の中で、どうやって産業を育成し、人々の暮らしの基盤をつくるのか。また、生産と分配という産業復興に欠かせない仕組みをどうつくるのか。その担い手である労使関係は、企業と従業員の関係だけにとどまらず、もっと広い意味で捉える必要がありました。労使関係の構築は、戦後日本の大きな課題だったのです。

しかし現実にはイデオロギーに関する問題もあり、1950年代に入っても労使紛争が絶えませんでした。1956年に「もはや戦後ではない」と経済白書に記されたように、その後の経済成長をどう図るかが問題となっていました。しかし、その経済活動を担う労使が紛争に明け暮れる状況では、産業の発展は見込めませんでした。

国民経済的観点

「生産性三原則」は、このような時代背景の下に提唱されました。その基本は、労使が対立する分配の問題を解消するためには、分配のもととなるパイを拡大させるというものです。一般的な経済理論では、技術革新を図るほど、余剰人員が生じ、労使対立が生まれます。これらを克服するために、「生産性運動実施の三原則」では、「国民経済的観点」に立って失業を防止することの重要性を説きました。すなわち、技術革新を図るのは私たちの暮らしを豊かにしていくためで、究極的には雇用拡大につながる。技術革新で過渡的な余剰人員が生まれても、国民経済的観点から官民が協力して雇用を守っていこう、ということです。これが終身雇用という考え方にもつながっていきました。

「生産性運動実施の三原則」で、生産性向上の具体的な方法を担うのは、現場の実態を一番知っている各企業の労使でした。これが企業別労働組合の発展に結び付きました。さらに三原則では、分配に関して労使だけではなく、消費者への分配という視点も提起しました。生産、分配、消費という国民経済的観点から生まれた発想でした。

ここにおける労使関係が、一体化した労使関係です。企業が発展することで労働者の暮らしも向上していく。企業も従業員の協力を引き出すことで世界に打って出れる技術・能力を蓄積していく。日本的な労使の運命共同体はこうして構築されました。

このような日本的な労使関係が成立し得た条件は、経済理論的には矛盾する生産性向上と雇用維持を共存させたことです。企業は成長で得た利益を、企業の拡大、そして雇用の創出に用い、その利潤を労働者に還元する。労働者がその所得をもとに消費をすることで市場が拡大し、企業が成長する。このような好循環がありました。公正な分配がこの仕組みを支えていました。

国民経済的観点

しかし、国際化の進展を背景に、こうした仕組みに変化が訪れます。バブル経済崩壊で金融システムに破綻が生じ、企業は株式市場への依存度を高めていきました。そして、国際化の中で企業の株主が多様化し、金融機関が安定株主だった時代が過ぎ去り、外国の法人株主に比重が高まっていきます。

このように株主が変化したことで、企業は株主から短期的な利益を求められる傾向が強まりました。そのため、経営のあり方自体も短期的になっていきました。経営者は目の前の数字を出さないと評価されなくなり、長期雇用は柔軟性に欠ける固定費として捉えられ、人件費は、工場の海外移転や非正規従業員の活用によって削減が進みます。それにより労働者への分配が減り、所得が減少して消費が冷え込み、国内需要は減退していきます。すなわち生産性向上が雇用削減につながるという経済理論通りのことも現実には起きるようになりました。

その結果、労働者の意識にも変化が生まれます。終身雇用が期待できず、会社を支える気持ちが薄まり、企業に対する忠誠心や帰属心が低下していきます。企業もすぐに転職してしまう労働者に育成コストをかけることを嫌がるようになります。このように、これまでの一体化していた労使関係から、「疎隔化」した労使関係へと変化しました。労使の視点はともに短期的になり、おのおのが自分の目の前の利益を追求し、主張するようになりました。

労使関係を見つめ直す

この問題に対処するために、かつてのような労使関係に戻ればいいというのではなく、もう一度、国民経済的観点という原点に帰って労使関係を見直すべきです。安定した社会を築くために、どのような労使関係が求められているのかを再考すべき時期にあります。

広い意味での労使関係を見直す際、産業別労働組合の役割が大きいと言えます。産業を成り立たせているのは個別企業の労使だけではなく、関連企業、請負業者など幅広い人々がかかわっています。そうした人たちを含めた労使関係を構築できるのが産業別労働組合です。

かつて、生産性向上と雇用削減という矛盾を解消しながら労使が一体化できたのは、シェア拡大という要素があったからでした。いま、そのようなシェア拡大が実現できるのかという疑問に対して、私は可能だと考えています。仕事は待っているだけではつくれません。社会には人々が困っていること、解決したいことがたくさんあります。そこに目を向けて産業を創出することは十分可能だと思います。

この国の暮らしを支える付加価値の多くは、働く人が紡ぎ出しています。その意味で労使関係は暮らしの基盤を支えています。あらためて国民経済的な観点から労使関係を見つめ直し、国を支える労使関係を構築していくべきです。

目の前では、社会全体で人材の育成が不十分です。このままで日本社会や企業を支える人材が育成できるのか強い懸念があります。企業労使、産業別労使が短期的な視点ではなく、広い視野に立った人材育成に取り組むべきだと思います。

生産性運動実施の三原則

(1)雇用の維持・拡大

生産性の向上は、究極において雇用を増大するものであるが、過渡的な過剰人員に対しては、国民経済的観点に立って能う限り配置転換その他により、失業を防止するよう官民協力して適切な措置を講ずるものとする。

(2)労使の協力と協議

生産性向上のための具体的な方法については、各企業の実情に即し、労使が協力してこれを研究し、協議するものとする。

(3)成果の公正配分

生産性向上の諸成果は、経営者、労働者および消費者に、国民経済の実情に応じて公正に分配されるものとする。

一体化した労使関係
戎野淑子「雇用・失業構造の変化とその対応」日本ILO協会『世界の労働』2010年
特集 2017.10労使コミュニケーション再考
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