特集2017.10

労使コミュニケーション再考個別化する仕事と賃金
労働組合・春闘の方向性は?

2017/10/05
労使関係が個別化していると言われる。とりわけ賃金決定のあり方は、査定の比重の高まりで、個別化が広がってきた。労働組合や春闘の取り組むべき方向性などについて聞いた。
上田 眞士 同志社大学教授

「個別化」VS. 労働組合!?

労使関係の「個別化」と言っても、人によって抱くイメージや意味は異なるかもしれません。抽象的で、とてもとっつきにくい言葉です。ですが、賃金を例にして話に入ると、わかりやすいかもしれません。

例えば、春闘です。平均賃上げ方式で何千円かの賃上げが決まっても、それが個人の賃金額に直接反映されるわけではないでしょう。確かに、集団的な労使交渉を通じて賃上げ原資が決まり、それが賃金制度の中で仕事給や実績給といった給与項目の各等級に配分されていきます。しかし、個人の受け取る賃上げ額が、それで決定されるわけではありません。個人の賃金額は、さらに仕事ぶりに対する査定の上で、格差的に決まっていきます。従業員の個別化した仕事ぶり、その評価に応じて、賃金も個別化していくということになります。

ですから、仕事と報酬という、雇用における取引関係の大事な部分が、上司・部下間での個別の目標面談&査定に取り込まれてしまった状況。日本のビジネスパーソンが置かれている、こうした日常の会社生活のあり方が、労使関係の「個別化」の具体的なイメージ、その核心に他ならないといって良いでしょう。

こうした現代日本での「個別化」の進展は、同志社大学の石田光男教授(『仕事の社会科学』ミネルヴァ書房)をはじめ、多くの論者が早くから強調してきたように、日本の労働組合にとっては、実に重たい課題を提起しています。個々の従業員にとってみれば、労働組合に団結して団体交渉を通して賃上げを獲得するよりも、競争的に働いてライバルより早く昇進し、より高い昇給を実現していく。そちらの方が、ずっとリアリティーが高い。うかうかしていると、そうした事態になりかねないからです。

成果主義と春闘の緊張

今日の成果主義(業績主義)の広がりは、戦後日本での査定拡大の歩みの一つの煮詰まった姿と言って良いと思います。言うまでもなく、成果主義の下では、まず企業の業績目標があり、それが各部門に振り分けられ、個人の業績目標にまでブレーク・ダウンされます。そして、そこでの仕事の結果が、厳しく査定されていくことになります。

大事なことは、著名な労働研究者である稲上毅氏(『現代英国労働事情』東京大学出版会)がかつて指摘したように、この目標面談&査定の過程では、【企業】と【個人】というものが、焦点として「二つながらクローズ・アップされて」くるということです。会社の中で何が強調され、何が人々の関心の焦点となるかと言えば、それは企業業績であり、個人の業績であるということです。

こうした制度に対して、労働組合が重視する春闘という取り組みは、企業業績の違いを横断しようとする点でも、労働者の賃金を集団的に引き上げようとする点でも、困難な緊張関係に置かれています。そのため春闘は、時代の流れに逆行するものとして、経営者団体などからは、その存在意義が問われ続けてきました。ここは労働組合として、決して引き下がってはならない正念場であるように思います。昨今の「官製春闘」などというマスコミのやゆを、決して許していてはいけないということです。

仕事の価値(値段)を巡る交渉

このように成果主義が進む中で、労働組合としては、どのような対応ができるでしょうか。一つの可能性を感じさせる取り組みとして、電機連合に加盟するある有力単組の近年の活動を紹介します(同志社大学『評論・社会科学』第109号にある、当事者である三吉勉氏の論文が参照元です)。

まず、この会社の本給は、仕事給と実績給で構成されていました。仕事給については、仕事等級別に定額で、実績給については、仕事等級別に賃金レンジがあり、その賃金レンジの中にはいくつかのゾーンが設定されている、そうした仕組みです。そして、この実績給では仕事等級やゾーンの位置、そこでの評価に応じて、賃金が上下します。一般組合員レベルでも、マイナス昇給がある制度でした。ですから、成果主義的な賃金制度の一つの典型的な姿だと考えて良いように思います。制度設計としては、仕事等級別に平均的な能力者の場合、査定の積み重ねを通して実績給額が一定の政策ラインに収束して行く形をとっていること、これが大きな特徴です。一つ重要な点は、平均的な能力者の実績給額が収束をしていく、この仕事等級別の一定の政策ラインが、それぞれの仕事等級の価値(値段)を表現しているということです。

当該の労働組合は、この仕事の価値(値段)をめぐって、経営サイドと積極的な交渉を展開しようとしていました。成果主義(「個別化」)が進展する下で労働組合の存在意義を示す、たいへん興味深い取り組みだと着目しています。また、これが産業レベルで企業横断的な取り組みとなっていけば、新たな春闘組織化の姿も見えてくるかもしれない。仕事銘柄別での個別賃金方式の今後の展開に期待したいと思います。

仕事管理の過程への発言

先学である、前にも触れた石田教授の議論(『仕事の社会科学』)を踏まえて言えば、日本の労働組合は、成果主義や業績主義が強まる下で、経営参加をより実質あるものにしていく、その点に心を配るべきだと思います。これまでは労使協議といっても、あくまでも雇用維持の約束が主眼で、労働組合がその後の会社業績管理(PDCA)の過程に発言・介入するというようなことは、それほどなかったのではないでしょうか。この点を見直して、企業・部門・職場レベルで高速回転する業績管理(PDCA)のサイクルに、労働組合がもっと主体的に関与していかないと、労使協議は形式的なもので終わってしまう、そういう気がします。職場で展開している業績管理(PDCA)のサイクルは、従業員個々人の仕事の量と質を決めていく仕組みに他なりません。ここにどのような形で労働者的な価値を埋め込んでいけるのか、この点がとりわけ大事だと思います。

労働組合の中には、事業経営への踏み込みをためらう向きもあるでしょう。ですが、大事なことは、労働者だけではなく、経営陣も厳しいグローバル競争に直面して、不安や悩みを山ほど抱えている、この点をしっかり認識することだと思います。経営陣にとっても労働組合が十分に合意の上で、事業計画を一緒に進めてくれれば、それはそれで心強い。経営陣が労働組合の「支え」を必要としている、そうした側面もあるということです。

組織業績管理と成果主義(概念図)
出所:さまざまな文献を踏まえ、上田が作成した。
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