差別問題・ヘイトスピーチ問題を考える「極右」と「保守」がなぜ同居?
日本に欠ける反差別規範
差別を見える化する物差しを
反差別規範のない日本
欧米にも日本と同じようにひどい差別はあります。しかし、差別を禁止する法律や政策、差別に反対する社会運動が日本には決定的に欠けています。
差別禁止のわかりやすい例は履歴書です。日本の一般的な履歴書には、顔写真を貼る欄があり、性別、年齢の欄があります。アメリカでは、このいずれも禁止されています。人種差別や年齢差別、性差別につながるからです。ドイツでは、履歴書に名前も書かないようにする議論すらあります。これは一つの例に過ぎませんが、欧米にはこのように何が差別に当たるのかを示す基準が、ルールとして明確に定められています。日本にはそれがありません。
差別に対する反応を比べてみましょう。今年8月、アメリカのシャーロッツビルで白人至上主義団体「KKK」が大規模集会を開きました。これに対して、人種差別に反対するカウンターの人々が大勢集まって、白人至上主義者たちと衝突しました。トランプ大統領は、この衝突に対して「双方に責任がある」とする発言をし、強い批判を招きました。トランプ大統領が社会から大きな非難を受けたのは、トランプ大統領が差別をしたというより、「差別と闘わなかったから」です。欧米には「差別と闘う」という反差別規範が社会に根付いているのです。
これに対して日本の場合はどうでしょう。沖縄で機動隊員による「土人発言」が問題になった際、大阪の松井府知事は機動隊員をかばう発言をし、政府も差別ではないという閣議決定をしました。これは反差別以前の問題で、政治が差別をし、それを追認していることにほかなりません。トランプ大統領以下の言動と言ってよいでしょう。日本に反差別規範がないことを示す象徴的な出来事です。
過去から学んだドイツ
反差別規範とは、何が差別なのかを示す物差しです。この物差しは、人々の闘いから生まれました。例えば、労働運動も同じです。労働組合の運動があってこそ、長時間労働が違法とされたように、反差別運動があるからこそ、どのような行為が違法な差別になるのかが決まり、具体的なルールとして示されます。反差別規範とは闘争によって、一つずつ権利やルールを勝ちとってきた、その積み重ねであると言えます。
このように生まれてきた物差しは、どのように差別であるか否かを判断するのか。レイシズム(人種/民族差別)については、大きく分けて二種類があります。
一つは、人種差別撤廃条約などでグループへの不平等を差別の定義とするやり方。各国は、これらの国際条約を国内法に落とし込む形で反差別規範をつくってきました。
もう一つは、ドイツ型です。ドイツは2007年まで差別禁止法を持ちませんでした。しかし、ドイツは歴史を物差しにして事実上、差別を規制してきました。過去の侵略、ジェノサイドの歴史と本質的に類似するものを規制する、「本質歴類似性」という概念が差別規制に用いられました。
ドイツは1960年に民衆扇動罪を成立させ、一部の民族に対する憎悪を先導する行為を禁止しました。それをネオナチ規制に落とし込んできたのが市民運動です。とりわけ、1968年の学生運動は、学生たちが自分たちの親や大学の教授たちがナチスドイツ時代にどのような振る舞いをしてきたのかを厳しく問いただしました。これは、ドイツの加害者としての責任を明確にし、ナチス(極右)を許さないという規範を社会に根付かせました。
ドイツにおける「過去の克服」とは、▼ネオナチ規制▼司法によるナチス制裁▼歴史教育▼被害者に対する賠償─が一体化したものです。ドイツの反差別規範は、このような運動によって形作られてきました。
極右と保守の同居
では、日本ではなぜ、反差別規範が根付かなかったのでしょうか。
一つの理由として、差別扇動が社会的な危機として表れなかったことが考えられます。差別を政治利用して社会を破壊に引きずり込むような組織集団が「極右」です。欧州ではネオナチ・極右の活動が社会的な危機として表面化しましたが、日本では目に見える形で危機が表面化しなかったということです。
その背景には、第二次世界大戦後に日本の加害責任があいまいにされたことがあります。戦後冷戦下の西欧では、ドイツとフランスの関係回復が不可欠であり、そのためにナチスが裁かれなければなりませんでした。一方、日本の場合は、日本を「反共の砦」とする米国の東アジア戦略のもと、侵略戦争の責任者に対する処罰が中途半端に終わりました。
その結果、日本では保守と極右が無頓着に同居することになりました。ここに根本的な原因があります。ドイツの考え方からすると、憲法を破壊することと、ネオナチを裁くこと、過去の侵略の歴史を学ぶこと、ユダヤ人への賠償は、すべて共通する問題です。しかし、日本ではこれらがすべて結び付きません。とりわけ、加害者の責任を問う行為が日本には欠けていました。そのため、極右が保守と区別されないままになってしまったのです。極右と保守が同居できる上、国が在日朝鮮人への差別政策を実行している国では、極右があえて保守と分離し、差別扇動をする必要に乏しかったのです。
差別を見える化する
私たちは「反レイシズム情報センター」(ARIC)という団体を組織して、「ヘイトウォッチ」に取り組んでいます。政治家や著名人のヘイトスピーチをデータベース化し、差別を見える化する取り組みです。
アメリカには多くのヘイトウォッチ団体があり、上位8団体だけで年に3億ドルの資金を動かすと言われています。最近では俳優のジョージ・クルーニーが100万ドルをヘイトウォッチ団体に寄付したことがニュースになりました。こうした団体は、極右団体の冊子を常時チェックして、極右団体の活動を監視しています。
日本は、政治によって差別扇動のアクセルが踏まれる一方で、ブレーキがありません。私たちは、「政治家レイシズムデータベース」をインターネットで公開して、政治家のレイシズム発言にブレーキをかける活動を展開しています。人種差別撤廃条約などに照らして、政治家の発言がいかにおかしいのかを知ってもらうことで、差別禁止法の制定につなげていきたいと考えています。
最後に、日本で反差別規範が根付かなかったもう一つの理由として、私は企業別労働組合の責任もあると考えています。なぜなら、終身雇用、年功賃金という日本型雇用システムが、年齢や性による差別を前提としているからです。私たちに最も身近な働くという場に差別が潜んでいるという点は見過ごすことができません。労働組合は、平等の物差しを暮らしの足元からつくっていくという歴史的な責任を負っていることを自覚してほしいと思います。
いま、差別が社会的な危機として表層化するようになりました。「在日」などのレッテルを貼れば、他者を攻撃できる社会になりつつあります。労働組合もそのような対象になっています。極右によって社会が破壊される状況を食い止めるために、協力してほしいと思います。