「賃上げ」へ動く実質賃金の伸び悩みが課題
物価上昇局面を意識した要求を
プラス成長も実感なく
日本のGDPは、緩やかながらも2016年1~3月期から7四半期連続でプラス成長しています。世界経済の回復に伴って2016年後半から輸出が伸び、生産も増加基調です。企業収益は過去最高で、自己資本比率は製造業、非製造業ともにかつてない高水準となっています(図表1)。
こうした状況は、世界経済の回復に引っ張られた側面が大きいと思います。IMF(国際通貨基金)も10月に公表した経済見通しで、世界経済の見通しを前回7月の見通しから上方修正しており、世界経済が回復基調にあることがわかります。その影響が日本経済にも輸出などを通じて及んでいます。
しかし、こうした経済情勢は生活実感に反映されていません。これは実質賃金が上昇していないことが大きな要因です。名目賃金の伸び率から消費者物価の伸び率を差し引いた実質賃金の動きを振り返ってみると、2014年は消費税率の引き上げで物価が上昇したのに対し、それを上回る名目賃金の上昇がなかったため、実質賃金は大きく低下しました(図表2)。
実質賃金の伸びは2016年に入りプラスに転じましたが、年後半から概ねゼロ近傍となり、足元では6月以降、マイナスとなっています。これは、消費者物価が今年春あたりから上昇傾向にあり、名目賃金の上昇を相殺しているためです。
実質賃金の伸びがポイント
景気の回復局面にもかかわらず名目賃金が伸び悩んでいるのは、拡大した雇用が女性や高齢者を中心とした労働時間の短い非正規雇用であることが要因として挙げられます。雇用が増えても、低賃金で働く人が増えると、労働者全体として平均した名目賃金の伸びは緩やかになります。
もっとも、GDPのうち労働者に分配された割合を示す労働分配率は低下傾向にあるとともに、長期的に見ても低い水準です。日本経済は回復局面にありますが、その付加価値の増加分ほど、労働者が受け取る割合が増えていないということです。働く人たちのがんばりによって生み出された付加価値を働く人たちが受け取れるようにしなければ消費にもつながりません。この点は大きなポイントだと思います。
時間当たり賃金の伸びを他国と比較すると、日本は明らかに伸びていません(図表3)。他国を見ると、名目賃金だけではなく実質賃金も増加しています。実質賃金が増えると消費者マインドが前向きになり、消費活動も活発になります。しかし、日本では実質賃金が増えておらず、それが消費や投資の手控えにつながっていると考えられます。
実際、家計消費は伸び悩んでいます。年齢階級別の消費動向を見ると、特に若年層や高齢者層の実質消費支出は、大きく低下しています(図表4)。消費が拡大しなければ、企業の持続的な収益拡大につながりません。日本経済の好循環を実現するためには、継続的に実質賃金が上昇することが必要です。
賃金上昇に向けて
2018春闘に向けて注目すべきこととしては、第1に、今回の景気回復局面では、大企業の役員と従業員との間で報酬格差が拡大していることがあります。大企業において、役員の給与・賞与は上昇していますが、従業員の給与・賞与はあまり伸びていません(図表5)。労働組合は、交渉に当たってこうした状況を踏まえることができるのではないでしょうか。成果に見合った賃上げがなければ、働く人のやる気は持続しません。
この点では、連合が掲げる「サプライチェーン全体で生み出した付加価値の適正分配」も大切です。中小企業などが生み出した価値に対して適正な分配が行われることは、働く人たちの働きがいにつながり、これは日本経済の持続的成長にとっても不可欠なことだと考えます。
第2に、物価の上昇局面であることを意識した交渉が求められると思います。政府・日銀に限らず、物価が上昇局面であることは内外の多くのエコノミストが指摘しています。要求を立てるに当たっては、物価についての今後の見通しを意識し、実質賃金の伸びをマイナスにしないように注意する必要があります。
物価の上昇局面では名目賃金を今年以上に引き上げなければ、実質賃金が伸び悩み、消費拡大にもつながりません。実質賃金の増加を実現させ、長期的にもかなり低い水準となっている労働分配率を引き上げ、日本経済のバランスを取り戻し、消費を拡大し、積極的な投資とイノベーションにつなげる。そのように持続的に循環するサイクルに経済を導くためには、まずは、実質賃金の引き上げが必要です。