「賃上げ」へ動く賃金格差の要因は職場ではなく家庭にある
産業別労働組合がやるべきことは?
うまくいかない理由
産業別労働組合は、企業別労働組合が乗り越えられない課題に取り組むべきでしょう。何ができるでしょうか。的外れに聞こえるかもしれませんが私は、産業別労働組合に組合員の「家庭のあり方」を変えることを期待しています。
ある大手スーパーが、正社員と同等の待遇で処遇する短時間正社員制度を導入しました。しかし、その会社は数年でその制度をやめてしまいました。なぜかというと、短時間正社員になりたいというパート社員がいなかったからです。
短時間正社員の仕事は、正社員が8時間プラス残業でこなしていた内容を、例えば6時間とか7時間分とかに切り出してすることになっていました。けれども、それをやりたいというパート社員がいませんでした。そうした仕事の内容と、主婦パート労働者たちの生活時間とが合わなかったからです。家庭での仕事があるために、やりたくてもできないのです(税制・社会保障制度の壁もあります)。
ここからわかるのは、たとえ短時間正社員といえども、性別役割分業で家庭内の責任を負わされている主婦パート労働者は、そのハードルをクリアできないということです。政府や企業は、職場での働き方や仕組みを一生懸命に変えようとしますが、それがうまくいかない根本的な理由は、企業内にではなく、家庭内にあるのです。
短時間ゆえの低賃金
私が、主婦パート労働者の話を持ち出すのは、非正規雇用の中で最も多い割合を占めるのが彼女たちで、非正規全体の賃金を下へ下へと引っ張っているからです。彼女たちの低賃金の理由は、まさに労働時間の短さにあります。短い時間しか働けないから、賃金を低く抑えられてしまいます。そして、短い時間しか働けない理由は、家庭内での性別役割分業があります。賃金が上がらない理由や賃金格差の要因は、職場ではなく家庭にあるのです。
政策論議の場では同一労働同一賃金がテーマに上がっています。しかし、長時間労働が当たり前になっている正社員と、家庭内の役割ゆえに短時間しか働けない主婦パート労働者の働き方を比べるには、相当の難しさがあります。主婦パート労働者も、労働時間が短い分、賃金が低いことに納得している部分もあります。何らかの手法や法律で労働時間にこれだけ差のある労働者の賃金を同じにできたとしましょう。でも、非正規女性たちは、家庭から出てこられないのです。
この構造を打ち破るためには、圧倒的多数の女性が8時間労働と残業ができるようにすることが必要です。非正規問題のほとんどは「女性」の「短時間」労働の中に潜んでいるのだ、と肝に銘じることが解決の第一歩です。
「家庭」に首を突っ込む
男性の労働時間を短くして、いま女性が担っている家事・育児全般を男性も同じようにする。それをやらない限り賃金格差は永遠になくなりません。
産業別労働組合の役割はここにあります。企業は、正社員とパートタイム労働者との賃金格差を手放すことはないでしょう。企業にとって、正社員を長時間働かせ、パートタイム労働者の賃金を低く抑えることは、好都合だからです。こうした企業のロジックを企業別労働組合が規制するのは困難です。そのため、企業のロジックを離れた産業別労働組合に期待するしかありません。産業別労働組合は、性別役割分業に首を突っ込んで、男性正社員たちに「あなたの働き方や家庭での過ごし方はおかしい。男性の労働時間を短くして、男性が家事・育児をやらない限り賃金格差は是正されない」と説得したり、誘導したりしなければいけません。最低賃金を上げれば解決する話ではないのです。
賃金格差の震源地を見つめる
働き方改革で早く帰れるようになった男性正社員は、会社を出てもなかなか帰宅しないようです。「フラリーマン」と呼ばれています。これでは、性別役割分業を解消できません。労働者教育に取り組んでいる産業別労働組合は、責任を持って働く者と家庭のあり方に関しての意識改革をする必要があります。次世代の意識啓発を狙った教育制度の見直しにも発言すべきです。もちろん、女性の就業促進を阻んでいる税制・社会保障制度の見直しを産業別労働組合が訴えていくことが大切です。
しかし、現在の産業別組合にも問題があります。日本の産業別労働組合は、「企業別労働組合の組合」であり、企業のロジックから逃れられないからです。また、労働組合のリーダーたちこそが家庭生活を見直さなければなりません。難しい課題ですが、それを乗り越える術を考えていくべきでしょう。今の企業別労働組合が持っている交渉力を生かしながら、運動のあり方を見直すことが求められていると思います。
産業別労働組合には、企業別労働組合では対応が難しい課題への取り組みを期待しています。連合が「底上げ・底支え」「格差是正」を春闘で訴えるのならば、そろそろ組合員の家庭での過ごし方に首を突っ込まないといけません。遠回りのように感じるかもしれませんが、賃金の伸び悩みや、賃金格差の震源地はここにあるのですから。