特集2017.12

「賃上げ」へ動く賃金表の変化が賃金が上がりにくい背景に
ベースラインの底上げがカギ

2017/12/14
賃金が上がりにくい背景には、賃金表の変化という仕組みの問題があるのかもしれない。そうした指摘をした西村純・独立行政法人労働政策研究・研修機構副主任研究員に聞いた。
西村 純 独立行政法人労働政策研究・研修機構副主任研究員

『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』(玄田有史編・慶應義塾大学出版会)の中で、賃金が上がりにくくなった背景には、賃金表が「積み上げ型」から「ゾーン別昇給表」に変化したことを指摘されていました。

「積み上げ型」でも「ゾーン別昇給表」でも、査定によって個人の昇給額が異なる点は同じです。ただ、「積み上げ型」は、同一等級内にとどまっていても昇給額が年々積み上がっていくのが特徴ですが、「ゾーン別昇給表」は、同一等級内で一定の水準にまで賃金が上がると、それ以降は賃金が上がりにくくなったり、場合によってはマイナスになったりすることもあります(図表)。

【図表】ゾーン別昇給表(イメージ)
注:+=昇給、-=降給
出所:玄田有史編『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』P215

図表のように、「ゾーン別昇給表」は、同一等級内では下位ゾーンほど昇給額が大きくなります。ただし、「ポリシーライン」と呼ばれる水準を超えると昇給額がゼロになったり、マイナスになったりするので、「ゾーン別昇給表」の場合、一定の水準を超えた後に賃金アップを図るためには、昇格する必要があります。

─その移行によってどのような変化が起きたのでしょうか。

「積み上げ型」から「ゾーン別昇給表」への変化の特徴は、等級ごとのあるべき賃金水準を明確に設定したことです。「積み上げ型」では同一等級でも昇給額が積み重なり、同一等級にいても賃金はある程度まで上がっていきます。一方、「ゾーン別昇給表」は「ポリシーライン」より下位であれば、そこに向かって上がろうとしますが、逆に「ポリシーライン」より上位になれば、そこに向かって引き下げようとする力が働きます。そのため、「ゾーン別昇給表」では、その等級の賃金水準が「ポリシーライン」に収束していくので、等級ごとのあるべき賃金水準が明確になります。トータルで見ると、同一等級の人件費は一定範囲内に収まることになり、経営側から見ると等級ごとの人件費の総額の変動を小さくすることができるようになったのではないでしょうか。

─「積み上げ型」から「ゾーン別昇給表」への変化の背景にあるものは?

定期昇給の抑制を図りたいという面があったのではないでしょうか。「積み上げ型」だと同一等級内でも、昇格しなくても昇給額が積み上がっていくので、会社の年齢構成が中高年層に偏ると人件費負担が大きくなる可能性が高くなります。一方で、「ゾーン別昇給表」だと年齢構成に関係なく、その等級にいる人たちが一定の水準に収束するように設計されているので、「積み上げ型」に比べると年齢構成に左右されない制度だと思われます。

昇格に関しては、「積み上げ型」の頃から簡単にできるものではありませんでした。しかし、「積み上げ型」なら昇格できなくても安定的に上がっていた賃金が、「ゾーン別昇給表」に移行することで、昇格しないと一定水準以上は上がりにくい仕組みになったと言うことができます。

こうした仕組みが企業に現れ始めたのは90年代後半から2000年代初頭にかけてだと思われます。景気が冷え込み、不確実性が高まる経営環境の中で、正社員の、特に中高年層の賃金上昇を抑えたいという考え方があったのではないでしょうか。

─昇給に対する考え方が変化しました。

能力が上がったから昇給するという考え方が「職能給」ですが、社員の能力が上がったからといって収益に直接結び付くわけではありません。能力の上がった社員の生み出す生産物が売れて初めて収益が生まれるからです。

そうすると、社員の能力が上がってもモノが売れなければ、職能給の原資は確保できません。かつては働いたら働いた分、収益が出ていた分野もあったかもしれませんが、事業環境の変化によって、そのようにはいかなくなり、昇給の考え方の見直しにつながったのではないでしょうか。より、企業の付加価値創造に対する貢献度を重視する方向に変わっていったと言えるかもしれません。

─そのような環境の中で賃金を上げていくにはどうすべきでしょうか。

すでに「ゾーン別昇給表」を導入している会社であれば、「積み上げ型」に戻すことは難しいと思います。この場合、労働組合がすべきことは、等級の下限と上限の水準を引き上げることだと思います。

2013年以降の春闘において、ベースアップを実施しているという企業が増えていますが、原資配分として賃金制度に基づいて昇給額を決めた後、そこに一定額を加算するかたちで、追加の昇給を行っているケースが見受けられました。賃金テーブルの改定は実施されていなかったわけですね。しかし、そのような方法では「ゾーン別昇給表」の場合、「ポリシーライン」に到達するのは早くなっても、「ポリシーライン」到達後の昇給は止まってしまうという問題がありました。

これに対して等級のレンジの下限と上限(ベースライン)を引き上げるということは、「ポリシーライン」も含めて全体の賃金水準を引き上げることにつながります。数人のエースだけを優遇して、残りの人たちは冷遇されるような労務管理は企業経営にとってもマイナスではないでしょうか。同一等級内にとどまっている人も含めて、社員全体のモチベーションを向上させるためには、このように上限と下限の水準を上げることが重要ではないかと思います。

─論文の中では労使交渉の重要性を指摘しています。

等級のレンジの幅をどうするのか、「ポリシーライン」をどこに設定するのか、昇給のピッチはどうするのか─。こうしたことに絶対的な水準はありません。組織の中で話し合って納得のいく制度をつくるしかありません。なれ合いでもなく、敵対的でもなく、対等な立場で労使が交渉することが大切だと思います。

そういう意味では、中小企業でそうした労使関係をどうつくるかを考えなければなりません。たとえ労働組合があったとしても、その機能を果たせていない単組が多いのが実情ではないでしょうか。日本の労働組合の問題点として、企業別労働組合を中心とした組織形態が挙げられますが、企業別労働組合そのものがダメというより、大手の企業において組合が発揮している機能を多くの単組が発揮できていないことの方に課題があると思います。産業別組織が中小の企業別労働組合をサポートして交渉力を高めていく必要があるのではないでしょうか。その意味で、労組の産業別組織は重要なアクターの一つだと思います。

特集 2017.12「賃上げ」へ動く
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