トピックス2018.01-02

女性の視点から見た改憲問題家族という親密圏での男女平等が問われている

2018/01/15
憲法改正論議を女性の視点から見ると、どのような問題点が浮かび上がるだろうか。憲法24条を中心に話を聞いた。
三浦 まり 上智大学教授

男女平等が遅れる日本

日本国憲法には、男女平等が規定されています。

日本国憲法 第24条

婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

とても短い条文なので、この条文を生かすためには、条文の理念を具体的な法律に落とし込むことが重要です。その観点で見ると、日本は24条を生かしているとは言いづらい現状があります。例えば、選択的夫婦別姓も認められていませんし、性暴力に関する刑法の規定も不十分です。「同一価値労働同一賃金」に関する決まりもありません。憲法は男女平等を規定していますが、個別の法律に生かす取り組みは十分とは言えません。

背景には1970年代以降、女性の権利向上の波に日本が乗り遅れてきたことがあります。先進国では70年代に女性の社会進出が進み、男女平等法などの法整備が進んできました。しかし日本では、女性は低賃金のパートタイム労働者として位置付けられ、法整備も他国に比べて遅れました。

先進国では、こうした土台の上に90年代に入って、性暴力やDV、女性の政治的権利の向上というテーマが広がってきました。しかし、土台がない分、日本での具体的な取り組みは十分に進みませんでした。さらに日本では90年代後半からジェンダー平等に関する激しいバッシングが起こりました。日本軍「慰安婦」問題は、バッシングする側の大きな標的となり、日本のフェミニズム運動が弱体化する最大の要因となりました。ただでさえ、日本の社会運動は他国に比べて弱い中で、こうした反対派の運動があったことが、今日の女性運動の停滞をもたらしたと思います。

親密圏での男女平等

24条で極めて重要なのは、家族や親族といった親密圏の中で、男女平等がどれほど達成できているかということです。最も親密な関係である家族において女性が従属的な地位にあるのが、男女不平等の根源的な問題だからです。だからこそ、24条において両性の本質的平等がうたわれています。このことが非常に重要です。

例えば、日本の男性は、家事労働をする時間が女性に比べて圧倒的に少ないです。これは、両性の本質的平等という観点から見れば、「違憲夫婦」とも言えるのではないでしょうか。

また、女性が家事労働を負担することは、女性がパートタイムでしか働くことができない要因になり、それが女性の低賃金の要因にもなっています。家族という社会の基本的な単位の中で、女性が男性と対等な関係を築けていないと、社会全体の男女平等も実現できないということです。

自民党が2012年にまとめた改憲草案では、24条に「家族は、互いに助け合わなければならない」という条文が付け加えられました。ここでは「両性の本質的な平等」という文言は残りました。しかし、家族が互いに支え合うという文言は、母親が福祉・ケア労働を支えるという性別役割分業が暗黙の前提になっているものであり、性別役割分業を強化するものだと思います。

さらに「家族は、互いに助け合わなければならない」という文言は、家庭内の暴力から逃れてきたDV被害者にとって恐怖以外の何物でもありません。また、この文言は、国家が担うべき社会保障などの負担を家族に押し付けることにもなりかねません。家族をつくることが負担になれば、人々はますます防衛的になって家族をつくろうとしなくなる懸念もあります。

平和なくして平等なし

24条に関する自民党改憲草案のもう一つの問題点は、現行憲法の「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し」という部分の「のみ」という言葉を削除したことです。あえて、この言葉をはずしたことからは、婚姻は二人だけの合意ではなく、親や親族にも配慮する「家の結婚」にしていくという意図が見えてきます。

ここから懸念される問題は、結婚差別に対する社会の抵抗力が弱くなることです。「のみ」という言葉がなくなり、親の意向や「家」という概念が強くなった場合に、結婚差別と闘う手段が制約される懸念があります。

このように自民党改憲草案24条を見ていくと、国家が家族を統制し、家族を自立した存在として扱い、国家の負担を減らしていく、という流れが見えてきます。こうした動きに対して「24条変えさせないキャンペーン」という運動が女性を中心に起きています。

9条改正の動きも女性の視点から見てみましょう。かつて女性運動家の市川房枝さんは「平和なくして平等なし。平等なくして平和なし」と語りました。日本が軍事化する方向へ進めば、性別役割分業はより強調され、戦争になって兵士が必要になれば、母親への出産奨励はますます強くなるでしょう。平和と平等は密接にかかわっていると思います。

日常の生きづらさを変える

憲法改正を考えるに当たっては、自民党改憲草案にぜひ目を通してもらいたいと思います。

自民党は「憲法改正ってなあに?」というマンガ政策パンフレットもウェブ上で公開しており、こちらも一度見てください。

このマンガに出てくる女性の描かれ方は、いかにもステレオタイプで、男性が「上から目線」で無知な女性に教えてあげるという視点が一貫しています。ここに自民党改憲草案の姿勢がよく表れていると思います。

24条を変えようとする人たちは、条文を変えなくてもいいような現実をすでにつくり出しています。家庭内や社会で女性にケアを押し付けるという行為は、すでに日常を覆っていて、女性たちの生きづらさや息苦しさになっています。24条を空洞化する動きはずっと続いてきたわけです。

憲法に対する無関心というのは、憲法があってもこんなに苦しいという現状から来ているのかもしれません。しかし、日常の生きづらさを声に出していくことで、社会は少しずつ変化していきます。「 #MeToo 」の広がりも大きなうねりになるでしょう。女性の場合は、集会形式よりも口コミの方が広く情報が伝わっていきます。女性が声を上げやすいようにするためにも、憲法に対する理解を深めるためにも、「カフェ」のような小さい規模をベースにした活動を各地で継続することが大切だと思います。

日本は、女性の平和志向・非武力志向が男性に比べて圧倒的に強い国です。安倍政権のめざす改憲に対して、国民投票時の女性の動向は極めて重要になるでしょう。平和志向の強い女性に対するキャンペーンは今後ますます強まるはずです。そうした動きに注視する必要があります。

二十四条 (家族、婚姻等に関する基本原則)
自民党改憲草案 家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。
2 婚姻は、両性の合意に基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
3 家族、扶養、後見、婚姻及び離婚、財産権、相続並びに親族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
現行憲法 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
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