特集2018.07

IT業界の実態をもっと知ろう残業ゼロのIT企業経営者に聞く
成功のポイントとIT業界が進むべき道

2018/07/13
長時間労働が指摘されるIT業界において、残業ゼロを達成し、継続している企業がある。成功のポイントと、業界の抱える問題の改善策を聞いた。
米村 歩 株式会社アクシア代表取締役
よねむら すすむ 大学卒業後、システム開発会社に入社。その後フリーランスを経て2006年に株式会社アクシアを設立。2012年10月から残業ゼロを継続中。2017年ホワイト企業アワードの労働時間削減部門で大賞受賞。著書に『完全残業ゼロの働き方改革』(上原梓との共著、プチ・レトル)。ツイッターアカウント@yonemura2006

ブラック企業に就職

大学卒業後に就職した会社が「ブラック企業」でした。一次請け・元請けのソフトウエア開発会社でしたが、初めて配属されたプロジェクトは、最初の月から月の労働時間が300時間を超す長時間労働。月の労働時間が400時間を超えることもありました。泊まり込みや休日出勤が当たり前の職場でした。

原因はずさんなマネジメントにあったと思います。会社は、プログラミングができる人を管理職に登用していました。しかし、プログラマーとして優秀な人でもマネジメントができるとは限りません。結局、まともな管理が行われずに長時間労働がまん延していました。

その後、2年間弱で退職してフリーランスになり、SES契約でプロジェクトのエンジニアとして働きました。

SES契約の問題点

SES契約は長時間労働の温床です。一般的なSES契約には月160〜180時間のように契約時間に上限と下限があります。180時間くらいの上限ならましですが、200時間や上限なしという場合もあります。すると発注側はなるべく上限に近い時間までエンジニアに働いてもらおうとします。

エンジニアが上限を超えて働くと追加の費用が発生します。そのため、送り込む側のSES企業にとってはプロジェクトが炎上した方がもうかる構造になっています。逆に月の稼働時間が下限に達しないと発注側が損をしてしまうため、エンジニアは用事がなくても下限を下回らないように席に座っていなければなりません。こうしてSES契約では、効率的に働こうとする意識やモチベーションが高まりづらくなる構造があります。

2006年に起業してから1〜2年は自社でもSES事業をやっていました。SES契約の構造的な問題点を感じてはいましたが、当時の従業員に偽装請負を指摘され、撤退することを決めました。その後はSES事業には一切手を出さず、自社開発だけで経営しています。

残業ゼロを決意

自社開発に専念してからもしばらくの間は残業まみれの状態が続きました。業務効率化には当時も力を入れていて、実際に成果も出ていました。けれども、効率化して空いた時間に他の仕事を入れてしまったことで結局、終電時刻まで仕事をして効率が下がる日々。その繰り返しを3年間くらいやりました。

その後、中核的な役割を担っていた社員が退職を申し出てきたことをきっかけに残業ゼロを決意しました。2012年10月のことです。この月からきっぱりと残業を禁止しました。

すると、次のようなことが起こりました。その前月まで全員が睡眠不足で業務効率の低いまま働いていました。それが10月から残業ゼロにしたことで従業員の睡眠不足が解消され、生産性が向上しました。その結果、労働時間は6割にまで削減されたにもかかわらず、売り上げは27%増加しました。これは生産性が2倍になった計算です。睡眠不足で毎日よろよろになりながら作業をするのと、しっかりと睡眠をとって集中して作業をするのでは、これだけの差があるということです。

成功のポイント

残業ゼロを達成できた一番のポイントは、私が会社のトップとして決断できたことです。残業ゼロとは、会社の働く時間のリミットを決めることです。弊社が残業まみれの時代、従業員は終電に合わせて帰宅していました。働く時間のリミットは終電の時刻にありました。リミットの時間は定時か終電時刻か。残業削減は、その「決め」をどこに置くかということだと思います。

私たちの会社の場合、SES契約から撤退していたので、自分たちの裁量で仕事の進め方を決めることができました。SES契約では客先の指示を受けるので、自分たちの裁量で決められない部分がどうしても出てきます。自分たちの裁量で働く環境をつくれたことは、残業ゼロに成功した大きなポイントです。

顧客の要求を断る

残業ゼロを決めてからは、顧客からのむちゃな要望を断るようにしました。残業ゼロをめざすなら、理不尽な要求を断ることも重要です。

実際に理不尽な要求を断って契約解除になったことがあります。短期的に見れば、その分の売り上げは確かに減ります。しかし、理不尽な要望をしてくる顧客は、その後も継続して無理な要求をしてくる可能性が高いです。無理な要望に応えて、時間の使い方が非効率になると利益率はかえって低くなります。であるならば、理不尽な要求を断って他の優良な顧客の対応に労力をかけた方が、会社にとってはプラスになります。弊社のこうした方針を理解して取り引きをしてくれる会社はたくさんあります。

残業ゼロを達成して得られたメリットの一つは、採用に困らなくなったことです。応募者に占める女性の割合が目に見えて高くなりました。今では弊社の従業員の半数は女性です。出産を機に職場を離れていたエンジニアが残業ゼロの働き方を見て、応募してくれるようになりました。離職率も低下し、採用にかかるコストが大幅に下がりました。

業界の問題を改善するには

弊社では残業ゼロを達成できましたが、業界的には長時間労働が残っているのも現実です。一番の問題は、多重下請け構造で客先常駐のビジネスモデルがなくならないことです。この構造が残っている限り、業界の生産性は向上しません。

SES契約の客先常駐では、偽装請負が横行しています。この場合、法律違反というだけではなく、先ほど述べたように業務効率化をしようとしてもできません。自分たちの裁量ではできないからです。また、非効率に働いた方が利益の上がる構造もあります。

SES契約の多重下請けがあると、「中間搾取」が生まれます。中間マージンを得るだけの企業は、何の付加価値も提供していませんし、その会社で働くエンジニアはスキルを身に付けられません。派遣されるエンジニアの帰属意識は低下しますし、自社にノウハウが蓄積されません。顧客にとっても、エンジニアにとってもメリットはありません。このビジネスモデルが残っている限りは、非効率な状態が改善されないまま、業界の生産性は下がってしまいます。私は、SES契約をなくして、各社が働き方改革に自分たちの裁量で取り組める環境をつくることが大切だと考えています。

相談の場としての労働組合

とはいえ、それをどう実現するかは難しい課題です。SES契約で働いて苦しんでいるITエンジニアの人はたくさんいます。労基署に駆け込んでも偽装請負の証拠を示すのが困難で、泣き寝入りしたという話もよく聞きます。そもそもどこに相談したらよいかわからないエンジニアたちもたくさんいます。

そうした苦しんでいるエンジニアたちの声を集められるのが労働組合だと考えています。労働組合が相談できる場としてエンジニアに認知され、多くの声が集まるようになれば、業界はいい方向に変わっていくのではないでしょうか。希望を持ってこの業界に入ってきた人たちが働き続けられる魅力的な産業であるためには、エンジニアが相談できる場があることが大切です。労働組合がその機能を発揮してくれることを期待しています。

情報サービス産業の契約類型

情報サービス・ソフトウエア産業における取引は、一般的に以下の三つの契約類型で行われる。

【請負契約】受注企業がある仕事を完成させることを約束し、発注企業はその仕事の結果に対して報酬を支払うことを約束する契約

【準委任契約】 発注企業が一定の業務処理を受注企業に委託し、受注企業がそれを承諾することによって成立する契約いわゆる「SES契約」も準委任契約の一種。

【派遣契約】 受注企業が雇用する労働者を、発注企業の指揮命令を受けて、当該発注企業のために労働に従事させる契約

「SES契約」(システムエンジニアリングサービス契約)とは、システムエンジニアが行うシステム開発等に関する、委託契約の一種(委任・準委任契約等)で、システムエンジニアの能力を契約の対象とするもの。請負契約や派遣契約の区分があいまいになり、「偽装請負」等が生じやすいなどの指摘がある。

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