特集2018.07

IT業界の実態をもっと知ろうシステムエンジニアの働き方に
裁量労働制はふさわしいのか?

2018/07/13
システムエンジニア業務が対象業務の一つとなっている専門業務型裁量労働制を導入している情報サービス企業は少なくない。システムエンジニアの働き方と裁量労働制について制度に詳しい弁護士に聞いた。
塩見 卓也 弁護士/日本労働弁護団全国常任幹事

裁量労働制に関する判例

裁判所が専門業務型裁量労働制の適用を違法とし、残業代の支払いを命じた裁判例は5事例しかありません。私はこのうち2事例について代理人を務めました。

裁量労働制の適用が適法とされるためには三つの要素があります。一つ目は手続き要件。二つ目は、適用対象業務・適用対象労働者に適用されているのか、実際に業務遂行・時間配分に裁量性があるのかという実体的要件。三つ目は当該労働者との間で裁量労働制が労働契約になっているかという問題です。

前述の5事例のうち3事例は、手続き要件を満たしておらず違法と判断されました。残りの2事例が、実体的要件を満たしておらず違法とされた事例です。

このうち「エーディーディー事件」はシステムエンジニアへの裁量労働制の適用が一つの争点になりました。裁判所は実体的要件を欠くとしてシステムエンジニアへの適用を違法としました。

この事件は、会社の方から退職労働者に約2000万円の損害賠償請求を行ってきた事件で、会社側は男性のプログラミング業務の未達を理由の一つにして損害賠償を請求していました。当事者の男性は、それに対する反訴で残業代を請求していましたが、実際にシステムエンジニアの仕事もしていました。しかし、プログラミング業務は裁量労働制の適用業務に含まれていません。会社は、自らプログラミングのノルマの未達を主張していたのだから、対象外の業務をさせていたのは明らかです。対象外の業務をさせれば、制度の適用はできません。

専門業務型裁量労働制の導入割合
出所:厚生労働省「2017年就労条件総合調査」

裁量性があるか、ないか

さらにこの判決の重要なポイントは、業務遂行の裁量性がなかったことを問題にした点です。システムエンジニアに裁量労働が認められるのは、「システム全体を設計する技術者にとって、どこから手をつけ、どのように進行させるかにつき裁量性が認められるから」だと判決は示しました。

その上で、裁判所は、男性が勤務する下請けの会社がシステム設計の一部しか受注しておらず、しかもその業務がかなりタイトな納期を設定していたことを理由に、「下請にて業務に従事する者にとっては、裁量労働制が適用されるべき業務遂行の裁量性はかなりなくなっていた」と判断しました。

裁量労働制の本質は、業務遂行と時間配分に裁量性があることです。たとえ裁量労働制の対象業務に労働者を就かせていたとしても、労働者に業務遂行と時間配分の裁量性がなければ適法になりません。法文の要件を分析すればそのようになります。

しかし、ITエンジニアの実態を見ると、多くの現場で裁量労働制が不正に用いられています。多重下請け構造や分業化によって、裁量を持って働ける場面が少ないにもかかわらず、対象業務に当てはまっていれば適用可能という感覚で制度が乱用され、長時間労働や不払い残業が横行しています。また、多重下請け構造下では、末端の下請け企業にプロジェクト全体をどのように進行させるのかという裁量性はありません。納期もタイトに設定されています。「エーディーディー事件」ではこのような場合、裁量性が認められないと判断しました。

対象業務の見直しを

裁量労働制には使用者が乱用しやすい構造的な欠陥があります。裁量労働制は違法に適用されていても被害が表に出づらい制度です。労働者は会社から「労基署が届け出を受理している」と説明されるとそれ以上強く抵抗できません。

労基署も届け出を受理するだけで実態調査まで行いません。野村不動産で企画業務型裁量労働制が違法に適用されていた事例でも、同社での過労死が発覚するまで違法な適用が見過ごされていました。政府は監督行政を強めると言っていますが、労基署の人手不足などを踏まえると十分な対策が取られることは考えられません。

こうした課題に対処するためには対象業務の見直しなどが必要です。確かに、一部のシステムエンジニアには業務遂行と時間配分に関する裁量性があるかもしれません。しかし、多重下請け構造や分業化で、それらのないシステムエンジニアが大勢います。大多数のシステムエンジニアの働き方に裁量性がないのであれば、私はシステムエンジニア業務そのものが裁量労働制の対象業務としてふさわしくないと考えています。

また、みなし労働時間と実労働時間の著しいかい離が常態化している場合に、制度の適用を認めないことや勤務間インターバル制度の設定─といった規制強化が必要です。裁量労働制に構造的な問題が多いことからすると、制度そのものの見直しも求められます。「柔軟な働き方」のニーズが高いのであれば、フレックスタイム制を活用すれば十分に対応できるはずです。

労組の力量が問われる

裁量労働制が導入されている職場でも労働組合がしっかり対応していれば、業務遂行や時間配分の裁量性をある程度確保できるケースもあります。しかし、問題なのはそうした事例が少数しかないことです。仮に裁量労働制を導入したり、運用したりする場合には、労働組合に十分な力量があるのかも問われます。

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