特集2018.11

通信産業のいま携帯電話業界を「感動業界」に
「誠実・透明・公平」なビジネスで応援団を増やそう

2018/11/13
菅官房長官の発言などで携帯電話業界へ注目が集まっている。業界の抱える課題や今後の展望などについて、長年、携帯電話業界を追い掛け、提言を続けている野村総研の北俊一氏に聞いた。
北 俊一 野村総合研究所
パートナー(テレコム・メディア担当)

過剰な割り引き競争

「月刊テレコミュニケーション」という業界誌で2012年から「最強のケータイ業界への道」という連載を担当しています。そこで繰り返し、「携帯電話業界は『感動業界』『感動企業』になるべきだ」と訴えてきました。「感動業界」「感動企業」とは、社員が生き生きとやりがいを持って働き、期待を超えるような価値をお客さまに提供し、社会に必要とされ、それにより成長し続ける業界/企業のことです。

実際の携帯電話業界はどうでしょう。残念ながら、お客さまに対して誠実なビジネスができていない現状も一部で見受けられます。少し振り返ってみましょう。

2013年にドコモからiPhoneが発売され、大手通信キャリア3社から出る端末には大きな差がなくなりました。このころから、携帯電話業界ではお客さまをお金で奪い合う動きが加速しました。過剰なキャッシュバックキャンペーンが展開され、違約金や、端末の割賦残債を販売店がすべて負担するというように、他社からの引き抜きに膨大なエネルギーが注ぎ込まれました。オプションや物品とのセット購入での割り引きのようにお客さまにとってわかりづらい表示や広告も増えました。今いるお客さまを大切にするより、他社からの引き抜きに力が注がれたと言えます。また、「2年縛り」のように、複雑な料金体系を理解できないまま契約するお客さまも大勢いました。

離職率の上昇

一方、不誠実なビジネスモデルの裏では、携帯電話販売スタッフの離職率が上がるという事態が生じていました。厳しいノルマなどに疲弊した結果です。なぜ不誠実な販売が行われてしまうのか。背景にある代理店へのインセンティブのあり方について触れないわけにはいきません。もちろん、何の目標もなくていいというわけではありません。しかし無理をしないと点数が取れないような指標によって、お客さまに不誠実な契約を勧めるというようなことがあってはなりません。本来、通信キャリアには、不誠実なビジネスモデルが展開されていないかチェックする側に回ることこそ求められています。

このころ、各県の消費生活センターには、通信産業の苦情相談が次々と寄せられました。固定通信も同様で訪問販売や電話勧誘販売に関する苦情が数多く寄せられていました。

私は1990年代から携帯電話業界を見守ってきました。その業界がお客さまに対して誠実なビジネスを展開していない。私は強い危機感を抱きました。代理店単位で見れば、「感動ショップ」が増えていて、素晴らしい動きがある一方、不誠実なビジネスでお客さまの信用を失っている現実もある。そこを何とかしたいという思いで「誠実・透明・公平」を大切にする「感動業界」になろうと訴えてきました。

通信業界の「応援団」はいるか

菅官房長官の「携帯電話代金4割値下げ」発言が波紋を呼んでいます。数字の根拠の当否はさておき、菅官房長官の発言に対するインターネット上の発言を見ていると、通信キャリアに対する「応援団」が少ないことがわかります。通信事業者が社会やお客さまから信用されていないことの表れです。例えば、自動車業界と比べてみましょう。自動車業界が利益を出しているからと言って「車の価格を4割値下げしろ」という声は高まりません。それだけ商品やサービスに価値があると社会から認識されており、自動車業界に「応援団」がいるからです。

一方、携帯電話業界はどうでしょう。常に値下げ圧力にさらされています。価格に見合った価値を提供していると、お客さまから信用されていないことが理由です。この点を払しょくしない限り、値下げを求める声は今後もなくならないでしょう。大手通信キャリアや携帯電話販売店にとっては、「ちょっと高いかもしれないけれど、それに見合う価値を提供してくれているので納得している」と言ってくれるお客さまをいかに増やすかが重要です。それをしなければ業界に未来はありません。

「誠実・透明・公平」

こうした状況を脱するためには、何よりも「誠実・透明・公平」なビジネスを展開することです。

そのためには、MVNOをはじめ他社の参入によって業界における競争が促進され、それぞれの事業者がコストを削減したり、新しいビジネスモデルを見つけ出したりすることが必要だと考えています。

価格は高めでもサービスの良さに納得している人、サービスの質は低めでも価格に納得している人─。お客さまが事業者を自由に選べることが大切です。そのためには乗り換えの際に生じるコストを極力減らすことも必要になります。

その結果、価格に見合った価値をお客さまに提供できている事業者だけが生き残り、価値がないのに料金だけ高い事業者は生き残ることは難しくなるでしょう。

フェース・トゥ・フェースの強みはデジタル化時代にあっても絶対に残ります。私が取材した「感動企業」では、社員が生き生きと働いていて、お客さまにどうやったら喜んでもらえるかを常に考えていました。お店の評判は口コミで広がり、お客さまがどんどん増えていました。ある携帯電話販売代理店では、スマートフォン教室に生徒として通っていたシニアをアルバイトとして雇用し、制服も支給して講師として働いてもらうことにしました。今では70代、80代の講師が、同世代の人たちにスマートフォンの使い方を生き生きと教えています。携帯電話販売代理店が生きがいを創出する場所になっています。

一方で、デジタル・トランスフォーメーションをさらに進めていくことも必要です。例えば、スマートフォンのインターネット販売を進めることも重要で、その両方をバランスよく整備していくことが求められます。菅官房長官の「ショップでの手続き時間が長過ぎる」発言をきっかけにデジタル・トランスフォーメーションを本気で進めていくべきでしょう。

「感動企業」を増やす

「感動業界」になるためには、そこで働く人たちが誇りを持って働けるようにならないといけません。そのためには、誠実でまっとうな仕事をすることが何より大切です。突き詰めて言えば、近江商人の心得である「三方よし」と言えると思います。「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」です。最近では、「CS=顧客満足度」「ES=従業員満足度」のほかに「PS=ビジネスパートナー満足度」「SS=社会的存在としての満足度」も問われるようになっています。

ショップスタッフが笑顔なら、その先のお客さまも笑顔になります。「ESなくしてCSなし」です。「感動企業」を取材しているとお客さまがお店のファンになっています。通信業界の「応援団」を増やすためにも「感動企業」をもっともっと増やしていくことが大切です。

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