特集2019.03

4月スタート!あなたの職場の準備は?働き方改革関連法「上限規制」への対応は労働時間の把握から
「労働時間とは何か」を知ろう

2019/03/14
時間外労働の上限規制の導入では、そもそも「労働時間とは何か」という定義を知っておくことが大切だ。どこまでが労働時間と言えるのだろうか。
原 昌登 成蹊大学教授

労働時間の定義とは

──時間外労働の上限規制が導入されたことで、使用者による労働時間把握の重要性が高まりそうです。労働時間を把握するためには、そもそも労働時間とは何かを知らなければいけません。労働時間とはどう定義されるのでしょうか。

実は、労働基準法は、労働時間とは何かを定義していません。労働時間の定義は、判例によって固められてきました。

重要な判例が、三菱重工長崎造船所事件(最高裁判決、2000年)です。この事件では、作業着への着替えや作業の後片付けなどの時間が労働時間に含まれるかが問われました。この判決で最高裁は、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていると客観的に評価できる時間が労働時間だと定式化しました。この定義は現在の実務でも大きな意味を持っています。まず、この定義を押さえておきましょう。

その上で、(1)指揮命令下(2)客観的──の二つがこの定式のポイントです。

(1)の指揮命令は次の二つの要素から判断できます。一つは、職務遂行あるいは職務遂行と同視できるような状況の存在、つまり労働という要素が存在したかどうか。もう一つは、指揮命令(具体的な指示)や黙認などの存在、つまり使用者の関与という要素が存在したかどうかです。この二つがともに存在すると、その時間、労働者は使用者の指揮命令下にあったと言えます。

もう一つのポイントは、客観的に評価するという点です。これは、労働時間はあくまで実態で判断するということです。例えば、「本当は12時間労働したけど、8時間だけ労働したことにしよう」という合意はできません。これらが労働時間の定義のポイントです。

労働時間のグレーゾーン

こうした定義を踏まえて、それぞれの行為が労働時間に当たるかどうかが判断されますが、グレーゾーンもあるので、いくつか見ていきましょう。

例えば、教育、研修の時間はどうでしょうか。業務に必要な知識やスキルを身に付けるといった仕事に密着した研修であれば、労働という要素があると言えます。加えて、使用者がその研修を受けるように指示しているのであれば、先ほどの(1)の指揮命令下の要素(労働・使用者の関与)を満たすので、労働時間に当たると考えるのが妥当です。厚生労働省のガイドライン(「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」)は、「参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間」は労働時間であると定めています。

ただもう一方で、仕事の合間や終業時間後に、職場の中で、現在の業務とは異なるけれども将来的には役に立つ新しい知識やスキルを学習する場合はどうでしょうか。実際これは微妙な問題です。使用者の指示があったかどうかがポイントになると言えますが、後になって無用な紛争を招かないためには、自席での学習等について労使でしっかりルールを確認しておくことが大切だと言えます。

──「持ち帰り残業」「隠れ残業」なども課題になりそうです。

「持ち帰り残業」「隠れ残業」などの場合、まず労働という要素は存在すると考えられます。問題は使用者の関与の存在です。使用者の関与には明示的な指示だけではなく、黙認による関与もあります。黙認による関与があれば、指揮命令があったと判断されます。

黙認とは例えば、終業時間間際に翌日までに必要な仕事を指示したり、残業しないと終わらないような納期を設定したり、具体的に残業を指示していなくても、残業をせざるを得ない状況にすることです。こうした場合、暗黙の指示があると判断され、労働時間に当たると言えます。

こうした「持ち帰り残業」「隠れ残業」が後から発覚して、上限時間を超えてしまえば、使用者は法違反を問われます。また、これらの残業には、残業代不払いや上限規制違反といったリーガルなリスクだけではなく、本来明らかになるべき人手不足や業務体制の不備が隠れてしまうという経営上のリスクもあることも強調しておきたいと思います。

待機中の仮眠や電話番も、よく出てくる課題です。これらの場合、待機の時間中、業務が発生したときは直ちに作業を行えるような対応が義務付けられていれば、仮眠や電話番の時間が丸ごと労働時間に当たると考えられています。

──ITエンジニアがシステム対応で呼び出しを受ける場合はどうでしょうか。

客先などで作業をする時間は、当然、労働時間になります。一方、現場までの移動時間は、作業に必須の機器を運ぶといったような、移動そのものに労働の要素があると言えなければ、通勤時間に準じた扱いになると考えられます。また、連絡があるまで待機しておくようにという指示については、待機の時間が労働時間となることが絶対にないとまでは言えませんが、連絡がない場合もあるようなケースなど、一般には労働時間にならないことが多いと言えるでしょう。

ただ、深夜の呼び出しなどが繰り返しあるようでは身体的・精神的な負担は大きいと言えます。労働基準法の労働時間に当たるかどうかは別にして、使用者としては労働契約法5条の安全配慮義務(健康配慮義務)が問われることになるでしょう。労働法といえば、一般的に労働基準法がイメージされがちですが、労働基準法のほかにも労働契約法や労働安全衛生法などが束になって労働法を形成しています。労働基準法だけを見るのではなく、労使ともに広い視点で労働法を捉えることが大切です。

労働時間把握は使用者の責務

──過労死等の事件では、会社が「労働時間ではなかった」と主張することもあります。

先ほどの厚生労働省のガイドラインも示すように、使用者には労働時間を適正に把握する責務があります。労働基準法の文脈からは少し外れますが、「働き方改革」で労働安全衛生法が改正され、管理監督者も含め、労働時間を把握する措置が使用者に義務付けられました。労働時間の把握は使用者の義務でもあることを労使で確認してほしいと思います。

その上で、裁判などでは、使用者が労働時間を把握していない場合は、労働者が残したメモやメールなどの記録が証拠として採用されることも行われます。時間把握をしていないのであれば、その不利益は使用者が受けるということです。

労働法を束として捉える

──時間外労働の上限規制が導入されたことで気を付けたいポイントは?

まずは、規制の内容を正しく理解することです。規制の内容は複雑になっていますが、労使ともにその内容を理解する必要があります。特に気を付けてほしいのは、36協定に特別条項があったとしても、月45時間を超える時間外労働が許されるのは、1年のうち6カ月が上限だということです。逆に言えば、1年のうち6カ月は、時間外労働は45時間を超えてはいけません。これまでも同様のルールが行政の告示にありましたが(いわゆる「限度基準」)、これが法律に格上げされたので、しっかり意識しておく必要があります。

改正法の施行で労働時間に対する社会の見方はより厳しくなっていきます。労使の皆さんには、労働基準法だけではなく、労働契約法や労働安全衛生法など、労働法を束として捉えてほしいと思います。例えば、労働基準法の観点では、管理監督者の労働時間の把握は求められていませんが、労働契約法の安全配慮義務や、労働安全衛生法の観点からは、それが必要になります。労使の皆さんにはこうした視点で、この課題に向き合ってほしいと思います。

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