特集2019.03

4月スタート!あなたの職場の準備は?働き方改革関連法労働時間と健康の研究からわかる
科学的データに基づく労使対話の重要性

2019/03/14
働き過ぎは健康にどのような影響を及ぼすのか。過労死等防止対策推進法の成立後、その実態を明らかにするための研究が進められている。労働時間と健康の関係について、研究の代表者である高橋正也氏に聞いた。
高橋 正也 労働安全衛生総合研究所
産業疫学研究グループ部長

欧米で進む研究

労働時間と健康にかかわる研究は、日本より欧米の方が進んでいます。ヨーロッパでは労働時間と健康に関して、サンプル数が10万人単位という大規模な研究が行われています。例えば、労働時間が週40時間の場合より、週50時間、55時間と長くなるにつれて脳卒中の発症リスクが高まるという研究結果もあります。あるいは、1日12時間労働が続くと数年後のうつ病発症リスクが高まるという研究結果もあります。こうした研究は、ある一時点における労働時間と健康障害の関係を調べたのではなく、ある時点での労働時間がその後の健康とどのように関連するかについて定量的なデータを提供しています。

とはいえ、欧米と日本では働き方や福祉、家族のあり方を含む社会システムが異なるので、これらの研究結果が日本に当てはまるとは一概に言い切れません。

過労死等防止対策推進法で研究進む

日本では2014年に過労死等防止対策推進法が成立したことで、国が過労死等に関する調査研究を行うとされました。これに基づき、労働安全衛生総合研究所では2015年度から「過労死等の実態解明と防止対策に関する総合的な労働安全衛生研究」を進めてきました。2015〜2017年度が第1期で、現在第2期の研究を進めているところです。

そのうちの一つが過労死等事案の詳細分析です。労災請求事案の「調査復命書」を収集し、データベース作成や事案分析などを行いました。

この中で、脳・心臓疾患および精神障害(自殺含む)の発生率を業種別に分析しました。それを見ると、脳・心臓疾患は運輸業が高く、精神障害の場合は情報通信業が高いという結果になりました。精神障害について業務による心理的負荷としての出来事に着目すると、全体では長時間労働関連が46%、事故・災害関連が30%、対人関係関連が21%でした。自殺に絞ると長時間労働関連が71%に上り、特に情報通信業では96%に達しました。

五つの業種・職種に絞った事案解析も行いました。IT産業もその一つです。IT産業における脳・心臓疾患の事例では、発症前1カ月で月80時間、発症前2カ月で月200時間超の残業の結果、心筋梗塞で死亡する事例や、納期順守のために会社に泊まり込み、さらに会社倒産の精神的緊張やクライアントからの度重なるクレームで心停止に追い込まれた事例などがありました。いずれの事例も発症前1カ月から3カ月は時間外労働が80時間を超えていました。

精神障害の事例では、未経験のプロジェクトに従事し、プロジェクトの遅れで作業に追われ、発病直前は3週間連続勤務、約130時間の時間外労働となり、飛び降り自殺した事例などがありました。脳・心臓疾患、精神障害の事案ともにすべての事案で長期間の過重業務が認められました。精神障害では長時間労働に該当する事案が際立って多かったことが特徴です。また、精神障害では若年層での事案が目立ちました。

こうした事案を分析した結果、IT産業の労災事案の背景には、少なくとも厳しい納期、顧客対応、急な仕様変更が長時間労働の要因として示唆されました。過労死等が起きる背景は業種や職種によって大きく異なるので、業種・職種に合った対策が必要です。事案分析も一つの科学的な証拠なので、これらの結果を踏まえた対策が求められていると言えます。

勤務間インターバルの研究

勤務間インターバルに関する調査も行いました。勤務間インターバルについては、睡眠や生活時間だけではなく、社会生活を営む時間を確保するための制度として私たちも注目してきました。勤務間インターバルは、睡眠時間確保のために重要な役割を果たします。そのため、この仕組みが睡眠に与える影響について調べました。その結果が図(1)と図(2)です。図(1)は勤務間インターバルと睡眠時間の関連について分析した結果です。インターバルの時間が長いほど睡眠時間が長いことがわかります。

図(2)は勤務間インターバルと睡眠の質の関係を分析した結果です。縦軸の得点が「6.0」を上回ると睡眠の質が悪いと判断されます。インターバルを13時間台確保しないと「6.0」点を上回っていることがわかります。

皆さんには、この研究結果をぜひ議論の参考にしてほしいと思います。勤務間インターバルに関しては、これまで制度導入の必要性が訴えられてきましたが、制度導入がどのような効果を及ぼすのか、科学的なデータはありませんでした。今回、このようなデータが得られたことで、政策立案などの基礎的なデータとして活用できると考えています。

例えば、図(1)では勤務間インターバルが10時間台だと睡眠時間が6時間を切ってしまっています。欧米の睡眠の専門団体は1日7時間睡眠を推奨していますが、疲労回復の観点から少なくとも6時間を確保できた方がいいのではないかとか、図(2)の睡眠の質の観点からもインターバルが12時間台だと「6.0」を上回っているから睡眠の質が悪くなる、というように、制度を導入する際の議論の参考にしてほしいと思います。

図(1) 勤務間インターバルと睡眠時間の関連
出所:労働安全衛生総合研究所「過労死等の実態解明と防止対策に関する総合的な労働安全衛生研究 平成27-29年度総合報告書」
図(2) 勤務間インターバルと睡眠の質(PSQI得点)の関連
出所:労働安全衛生総合研究所「過労死等の実態解明と防止対策に関する総合的な労働安全衛生研究 平成27-29年度総合報告書」

科学的データに基づく対話を

また、今回の一連の研究の中では、シフトワークの看護師を対象にした勤務間インターバルの調査も行いました。この調査では、勤務間インターバルの時間が同じでも、昼間に取る場合では睡眠時間が短くなるという結果が得られました。昼間と夜間のインターバル時間が同じでいいのかという問題提起もできます。

日本で7時間以上睡眠を取っているのは、男性は30%、女性は25%で大半が7時間未満の睡眠です(図(3))。睡眠不足が重なれば、医療事故や交通事故のように「目に見える事故」のリスクを高めますし、ホワイトカラー職場での生産性という点でもデメリットが生じる可能性があります。

過労死等の撲滅のためには、医学的な検証のほか、社会学、経営学、法学など、さまざまなアプローチで知恵を出し合うことが大切だと感じています。精神障害の労災事案では、身体的な労災事故から将来への不安などが蓄積し、精神障害になる事例が多いこともわかりました。そのため、職場での安全確保が精神障害の労災事案を減らすことにもつながると考えています。

こうした研究結果のデータは、政策立案や労使で議論する際の重要な素材になると考えています。もちろん数字だけではすべてを決められません。さまざまな議論をする際、科学的な実証値に基づいて議論することが大切だと考えています。その一助にこれらのデータを使ってもらえれば本望です。

図(3) 1日の平均睡眠時間(20歳以上、性・年齢階級別)
出所:厚生労働省「国民健康・栄養調査」
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