特集2019.07

2025年の崖にどう向き合うか「2025年の崖」をどう乗り越えるか
業界構造の変化に対するエンジニアの対応は?

2019/07/12
経済産業省が昨年9月に発表した「DXレポート」。ソフトウエア業界の構造問題を指摘し、「守りの投資」から「攻めの投資」への転換を訴えている。業界の抱える問題点と、エンジニアの対応策などについて経済産業省の和泉憲明企画官に聞いた。
和泉 憲明 経済産業省 商務情報政策局 情報産業課
ソフトウェア産業戦略企画官
出所:経済産業省「DX(デジタルトランスフォーメーション)レポート〜ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開〜」

──経産省は昨年、「DX(デジタルトランスフォーメーション)レポート〜ITシステム『2025年の崖』克服とDXの本格的な展開〜」を発表しました。

政府は、デジタルトランスフォーメーション(DX)を典型的な経営課題として捉えています。経営課題に対して政府として何をすべきか、内部でも議論がありました。ソフトウエア業界にはDX推進の足かせになるさまざまな個別課題があります。レポートをまとめるにあたり、有識者に集まってもらい、その課題を一つずつ明らかにしていくことを狙いとしました。

象徴的な課題は、多くの企業(約40%)がIT予算の90%以上を、全体の平均でもIT予算の約80%を現行ビジネスの維持・運用(ラン・ザ・ビジネス)に配分していることです。ソフトウエア業界では、新しいプロジェクトに参加しながらスキルを習得するケースが珍しくありません。にもかかわらず、多くの企業がIT予算をラン・ザ・ビジネスに割いているということは、エンジニアが新しいスキルを習得しようと思っても、現行システムの維持・運用に張り付かざるを得ない現状があるということです。

ラン・ザ・ビジネスの割合を圧縮し、競争力のある分野にIT投資を振り向けようというのが、レポートで示した一つの方向性です。ただし、この方向性に進むことは、ベンダー企業にとって現在受注している仕事を減らすことにつながりかねませんし、ユーザー企業にとっても新規領域への開拓のために現行システムを見直すことにもつながります。こうした課題に向き合いながら、DXという競争領域にソフトウエア産業をシフトさせるためには、どうすべきかという論点をレポートで示しました。

──ソフトウエア業界がラン・ザ・ビジネスから抜け出しきれない背景にある問題とは?

一つとしては、システムがある程度大規模化し、要件や機能が「ブラックボックス化」している問題が挙げられます。ユーザー側には、過去の経緯を知る担当者がいなくなり、システムがどのような要件で動いているか把握しきれないためベンダー側に丸投げしてしまうという問題がある一方、ベンダー側もシステムの全体像が把握しきれない中で、責任を追いきれないため自分たちの担当している範囲のことしか話せないという問題が考えられます。

現状では、このように両者が責任範囲を小さくする方向で動いていますが、ビジネスモデルを刷新するためには、ユーザー側、ベンダー側の両者が、今よりも幅広い責任を負う方向で歩み寄る必要があると思います。

──2025年を強調した理由は?

いわゆる「昭和100年問題」や「SAP ERP」のサポート切れなどが大きな象徴です。RDBからクラウド型への移行には相当の労力が必要で、システム全体の見直しのために多くの人員が割かれることが予想されます。諸外国がIoTやAIといった新規領域でのビジネスを推し進める中、わが国だけは既存システムの見直しに多くのエンジニア・資金を取られることになりかねません。クラウド化へのシフトはわが国の産業界が考えるより、相当早いスピードで進んでいます。若い人たちにとっても、既存システムの維持・運用だけでは魅力的な業界と映らないという問題があります。

──「2025年の崖」を乗り越えるためには?

昨年9月のレポート発表後、12月に「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン」を公表しました。このガイドラインで強調したことは、DX推進は経営課題であるということ。ガイドラインの策定に加えて、DXの取り組み状況を可視化するための指標も作成しました。指標は全部で35の項目があり、自社の状況を自己診断できるようにしました。その中でも九つのキークエスチョンを設定し、経営トップのDXに対する認識を問う内容としています。政府では、これらの指標を活用しながら、他社との違いを「見える化」できるようにし、経営トップに働き掛けていきたいと考えています。

──多重下請け構造の課題をどう捉えていますか?

日本のソフトウエアエンジニアは、ユーザー側に3割、ベンダー側に7割という割合で分布しています。レポートでは、この割合を5対5もしくは7対3とユーザー側に回帰していく方向性を打ち出しています。ユーザー側が、自分たちで要件を定義し、ベンダーと協力しながらサービス提供する方向へのシフトを想定しています。

エンジニアがユーザー側に回帰すれば、多重下請けの対象となってしまうエンジニアの母数が減少し、この問題も自然と解消されることが考えられます。とはいえ、今の構造が簡単に変わるとも思っていません。エンジニアがユーザー側に回帰する流れを後押しするためにも、エンジニアがスキルアップ・スキルシフトできる環境整備も必要だと思います。

──働く人たちのスキルシフトをどう後押ししていきますか?

教育訓練給付金のような公的支援の充実がベースラインとしてあります。DX時代に見合った教育メニューを業界団体から提案してもらうなどの環境整備に着手しています。

一方、ソフトウエア業界ではプロジェクトへの参加を通じてスキルを習得していく実態もあります。スキルを習得できる案件をたくさん用意し、それに従事できる環境を整備していくことも必要だと考えています。エンジニアの人たちの新規領域への挑戦を推奨し、それによって待遇を向上させていく。そうした方向性も一つの可能性として考えられます。

DX時代には、ユーザーの要望をプログラムに落とし込むだけではなく、ユーザーの業務プロセスの見直しや課題の解決といった提案型のビジネスモデルにシフトしていくことになります。それに合わせたテクノロジーやプロセスが新しく出てきていますが、それらを理解し、獲得するスピードは、エンジニアの方が圧倒的に早いはずです。新しいスキルを吸収しながら、エンジニアが提案型にシフトしていけば、エンジニアという仕事が持つ本来のポテンシャルを発揮できると信じています。

その点、ソフトウエア業界で「技術者軽視」の傾向があることは、象徴的な課題だと捉えています。新しい技術を吸収する基礎的な能力は、技術者の方が高いはずです。技術者が顧客とのコミュニケーションを介して解決型の提案ができるようになることが大切です。

──労働組合に期待することがあればお聞かせください。

この産業は新しい技術が次々と生まれては淘汰され続けます。特定の技術に頼りきって働き続けることはこれからますます難しくなっていくかもしれません。労働組合がエンジニアの目線に立って、技術革新や自己研さんをリードし、個人のスキルアップやスキルシフト(ひいては諸問題の解決)をけん引してくれることを期待しています。

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