特集2019.07

2025年の崖にどう向き合うかIT関連の教育訓練の実態は?
高度IT人材の教育は進んでいるのか

2019/07/12
高度IT人材の不足が指摘されている一方、IT人材の教育訓練の実態はどうなっているだろうか。効果的な対策を施すためにも実態を明らかにすることが大切だ。
藤本 真 独立行政法人 労働政策研究・研修機構
(JILPT) 人材育成部門 主任研究員
(表)基幹的職種の従業員に取得を義務付け・奨励している資格の有無
(単位:%)
出典:JILPT「中小サービス業における人材育成・能力開発──企業・従業員アンケート調査──」

教育訓練事業の実情

2018年に、(1)IT関連の教育訓練を事業として実施する事業者を対象とするアンケート調査(2)IT関連の教育訓練を受講する社会人を対象としたアンケート調査──を実施しました(独立行政法人労働政策研究・研修機構「IT分野の高度教育訓練の実施等に関する調査研究」)。

(1)は、IT関連の企業や専門学校等、9976事業者に調査票を郵送し2970事業者から有効回答を得ました。その結果、IT関連の教育訓練を事業として実施している事業者は回答事業者全体の6.5%に当たる192事業者にとどまりました。

この結果は、IT人材の育成が教育訓練事業者の活用よりも社内の教育訓練が中心になっていることを示唆します。さらに、社内の教育訓練が中心だと考えると、企業は自社の事業範囲以上のことを教育しようとする動機が弱くなると考えられます。現在の業務が回っていれば、企業がその範囲外の能力開発をしようとする動機は弱くなるからです。

一方、(2)の調査は、調査時点までの3年間のうちにIT関連の教育訓練を受講した5000人を対象に行いました。受講経験のある5000人を選抜するため、あらかじめウェブのモニターで出現率調査を行ったところ、受講経験のある人は4%程度でした。働く人々の中でIT関連の教育訓練を受講する機会はまだまれであることを意味します。

受講者には、受講した研修・セミナーなどのレベルが「ITSS標準」に相当するレベルでどの程度かを聞きました。その回答の結果最も多かったのがITSSのレベル1相当で28.8%。ついでレベル3相当が16.5%、レベル2相当が12.7%でした(グラフ)。レベル4相当より高いレベルの内容を受講している人は全体の約2割程度。総じてレベルの低い内容にニーズがあることがわかりました。IT関連事業者でなければ、それほど高いレベルの内容の教育訓練を受ける必要がないのかもしれません。

資格取得の現状と課題

2010年に「中小サービス業における人材育成・能力開発──企業・従業員アンケート調査──」という調査を行いました。この中で「取得を義務付け・奨励している資格」があるかを聞いたところ、情報サービス産業は「ある」の割合が31.5%。土木建築サービス(70.2%)や老人福祉(69.2%)、自動車整備(53.7%)より低いという数値が出ました(表)。情報サービス業界では、従業員に資格取得を義務付けたり奨励したりする傾向が、建設業や福祉業より弱いことがわかりました。ヒアリング調査を加えた上での印象でお話しすると、情報サービス業界では公的資格より民間ベンダーの資格の方が仕事に結び付きやすい実態があるようです。

また、2018年のIT受講者調査から受講者の受講動機を見ると、最も回答が多かったのは「自己啓発」で30.9%、「仕事の範囲を広げたいと思った」が29.3%、「会社の要請や奨励」が28.7%でした。会社の規模が小さいほど「会社からの要請や奨励」の割合が低くなる一方、「自己啓発」の割合が高くなります。小規模企業では、従業員の自発的な行動に依存している傾向がわかります。企業に従業員の教育訓練を促す仕組みを増やしていく必要があるかもしれません。

再び2010年の調査に戻りますが、この調査で「従業員の育成・能力開発に関する方針」を聞いたところ、「数年先の事業展開を考慮して、その時必要となる人材を想定しながら能力開発を行っている」と答えた情報サービス企業の割合は、12.6%でした。さらに企業規模が小さいほど、その割合が低くなる傾向もわかりました。高度IT人材が不足していると言われていますが、小規模企業は将来のことまで手が回らないのが実態ではないでしょうか。

業界構造を明らかにすることから

これらの調査をまとめた上での印象ですが、日本では高度IT人材が不足していると言われているものの、情報サービス企業ではそうした人材や、そうした人材を育成するための教育訓練に対する不足感はそれほど高くないのかもしれません。現在の業務の中ではそれほど高度なスキルが要求されているという実感がないかもしれないからです。そうであれば、高度IT人材の育成が民間ではなかなか進まないかもしれません。

こうした課題を踏まえた上で今後ポイントになるのは、ユーザー企業の動向だと考えられます。ユーザー企業の経営者層がITを経営戦略にもっと取り込むようになると、より高度なIT技術者に対するニーズが高まると考えられるからです。

日本の労働市場は基本的に内部労働市場を中心に発展してきたため、資格やスキルを基準とした外部労働市場が欧米のように発展してきませんでした。そうした中で、情報サービス業界において、同じスキルや資格を持った労働者の賃金がどの程度異なるのかなどといった実態は、必ずしも明らかにされてきませんでした。情報サービス業界の生産性向上を阻む理由は、多重下請け構造をはじめ、さまざまな課題があります。そうした構造問題を明らかにした上でないと、対策を打っても効果を上げられません。業界構造や、IT人材を巡る労働市場の実態をまず明らかにすることが、効果的な人材育成の強化につながると考えています。

特集 2019.072025年の崖にどう向き合うか
トピックス
巻頭言
常見陽平のはたらく道
ビストロパパレシピ
渋谷龍一のドラゴンノート
バックナンバー