特集2019.07

2025年の崖にどう向き合うかSEの働き方の国際比較
日本のソフトウエア業界の進むべき道は?

2019/07/12
SEの働き方を国際比較すると、日本のSEは長時間労働で給与も相対的に高くないことがわかった。他国との違いは何か。今後、日本のソフトウエア業界が進むべき道はどこにあるのか。調査・分析した中田教授に聞いた。
中田 喜文 同志社大学教授

「二重の残業国」日本

2016年に5カ国のソフトウエアエンジニア(SE)の働き方を比較・調査した報告書をまとめました(「日本のソフトウェア技術者の生産性及び処遇の向上効果研究:アジア、欧米諸国との国際比較分析のフレームワークを用いて」)。

日本では、SEが残業するのは日常的な光景ですが、世界的には違います。例えば、日本と経済の成熟度が似ているドイツやフランス。SEの週当たりの実労働時間を比較すると、実労働時間が週40時間以下のSEの割合は、フランスは76.4%、ドイツは91.7%。一方、日本は4.3%です(グラフ(1))。ドイツやフランスのSEがほとんど残業していないことがわかります。日本では、「SEは残業が当たり前」という考え方になっていますが、世界的には当たり前ではないと知る必要があります。

加えて、週当たり10時間以上残業するSEの割合は、日本では27%を超えるのに対して、中国は10.5%、アメリカは7%。日本・中国・アメリカは相対的に残業する人の割合が高い国ですが、その中でも日本は残業時間が長い人の割合が多い国です。日本は二重の意味で「残業国」なのです。

一方、給与はどうでしょうか。若い頃は給与が比較的低く、経験とともに上昇する傾向は日本だけの特徴ではありません。どの国でもその傾向は見られます。その上で、年収の年齢グループ別の水準を比較しました。日本のSEの給与はどの年齢グループでも相対的に高くありません。給与が最も高いのはアメリカ。次いでドイツ、日本はその下でフランスよりやや上です。しかし、時給で比べると日本のSEの給与はフランスよりおおよそ低くなります。日本のSEは長時間働いているのに、給与は低いのです(グラフ(2))。

グラフ(2) 時給の年齢プロフィール:ソフトウェア技術者全体(PPPでの比較)
出所:「日本のソフトウェア技術者の生産性及び処遇の向上効果研究」

低い労働生産性の背景

こうした実態の背景には、労働生産性の低さがあると考えられます。労働生産性の計測方法は何通りかありますが、日本の労働生産性はプロジェクト単位で見ても産業単位で見ても、アメリカ、ドイツ、フランスに比べて低いという数値が出ています。

労働生産性の低さには二通りの可能性があります。一つは、働いている人の能力の問題。もう一つは、働き方の問題。この両面から検討する必要があります。

前者を分析したところ、日本のSEは「専門能力」「経営組織管理力」「基礎的思考力」のいずれも他国に比べて低いことが明らかになりました。特に「専門能力」「基礎的思考力」は際立って低いという結果でした。

これらは何に起因するのでしょうか。一つには、自主的な能力開発の時間の少なさが挙げられます。自己研さんの時間を比較したところ、日本は他国に比べ際立って少なく、また、職場のサポートも少ないということがわかりました。

同時に、日本は就学段階において専門的な教育を受けている人材が少ないという実態があります。まず理系出身のSEの割合が低いことに加え、海外に比べ大学院卒のSEの割合も低いです。社会に出る前段階のトレーニングレベルで先進国から遅れています。技術者教育のあり方をどう見直していくのかがポイントの一つです。

また、産業の発展の仕方の違いも、SEの能力の違いに影響していると考えられます。日本のソフトウエア産業は大型コンピューターに付随したサービスからスタートし、大手コンピューター企業のシステム部門としての役割を担うところから発展してきました。その結果、ソフトウエア企業の役割は、企業ユーザーのニーズに応えることが仕事の中心になってきました。

これに対してアメリカは、当初は日本と同じように大型コンピューターに付随するソフトウエアをつくってきたものの、コンピューターの小型化とともにソフトウエアそのもので価値を生み出す方向へシフトしてきました。この違いもSEの能力の違いを知る上でのポイントになります。

ドイツのSEの働き方

他方、働き方という点では、ドイツとの比較で違いが明らかになります。

ドイツのソフトウエア開発は、プロジェクトマネジメントがしっかりしていて、SEがシステマチックに仕事をするのが特徴です。要件を固めて開発を始めたら、途中で仕様を変えるようなことはしません。スケジュールをしっかり押さえて、そのために必要な人員を配置していくので、残業することがありません。

また、ドイツの特徴は、小さなソフトウエア企業であっても、ユーザーと対等な関係で仕事をしていることです。それが可能なのはソフトウエア企業が高付加価値の製品を開発しているからです。ものづくりが強いドイツでは、製造業で働いていたSEがスピンアウトして組み込みソフトウエア企業を立ち上げ、元々いた会社と取引関係になることがあります。そうしたSEたちはものづくりのことを熟知しているので、高付加価値の製品を生み出すことができるのです。

ドイツには、日本のような多重下請け構造はありません。中小のソフトウエア企業がものづくりを支える構図ができあがっています。大規模な組み込みソフトウエアの見本市が毎年開催されるなど、ソフトウエアの価値を評価する環境ができあがっていることもポイントの一つと言えるでしょう。

加速するSEの労働移動

日本のソフトウエア産業は今後どうすべきでしょうか。新しいサービス、高付加価値の製品を生み出していくことがやはり大切です。今、ソフトウエア業界には新しいニーズが次々と生まれています。旧来型の産業構造から飛び出して、新しい価値を生み出す新興企業でチャレンジする人が増えれば、そこに新しい産業が育つと思います。古い産業を変えるよりは、新しい産業へ人が移動していく方が産業構造を変えるスピードは早いはずです。

その動きはすでに始まっています。ここ数年を振り返ってもSIerから技術者が流出する現象が加速し、SEの転職市場が活発化しています。SEにとっては、より良い労働条件で能力を生かせる可能性が高まっています。

その意味で労働組合には企業を超えた産業の視点で対策を考えてほしいと思います。SEが長い職業人生の中でどうしたら幸せなキャリアを築けるのか。企業内に閉じた話ではなく、企業横断的にキャリア形成するあり方も検討する必要があります。そのためには、職業人生を通して専門家としてキャリアを高めることができるサポートが重要になります。労使交渉の中で技術者教育のために何が必要なのかを労働組合からも提起してほしいと思います。

この産業は人がすべてです。人への投資が成長の源泉です。この点をしっかり訴えてほしいと思います。

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