特集2019.07

2025年の崖にどう向き合うか契約実務から見た多重下請け構造問題
適正化に向けて何が必要か

2019/07/12
IT業界の構造問題としてたびたび指摘される「多重下請け」問題。契約の視点から指摘できることは何か。ITビジネスの契約実務に詳しい伊藤雅浩弁護士に聞いた。
伊藤 雅浩 弁護士

「偽装請負」の問題点

IT業界では、大きなプロジェクトが立ち上がるとたくさんのエンジニアが必要になりますが、プロジェクトが終わると一気に需要がなくなります。需要の変動が大きいことがIT業界の特徴です。

需要の増減に対応するため、企業はなるべく人を抱え込まず、企業外にたくさんのサプライヤーを抱えるようにします。それが多重下請け構造の背景となっています。

需要変動に合わせて、必要な人員を確保するため、法律的に予定されているのが労働者派遣法です。しかし、IT業界の現場では、「SES契約」(System Engineering Service)という契約が広く使われています。「SES契約」は、技術者が役務を提供することを約束する契約で、法的には準委任契約として整理されます。

「SES契約」では、「偽装請負」にならないよう注意しなければいけません。「偽装請負」とは、請負契約、準委任契約などの形式を取りながらも、実態的には職業安定法で禁止されている労働者供給や労働者派遣法に該当するものを指します。実際、適法性に疑いのある「SES契約」の下、働いているエンジニアは少なくありません。

「偽装請負」に関する相談はよく受けます。残業代不払いや元請け企業社員からのパワハラといった職場トラブルを端緒に「偽装請負」が発覚する事例があります。ここ2〜3年は、コンプライアンス意識の高まりから、大手ITベンダーで「偽装請負」に関する関心が高まっていると感じています。

研修などでは「偽装請負」をしてはいけない理由などを説明しています。簡潔に言うと、他社の労働力を自社の労働力のように使用することは率直に言って「いいとこどり」です。つまり、A社が自社の従業員に対して行う指揮命令は、A社が労働法などを守る責任と対になっているからできることです。にもかかわらず「偽装請負」では、そうした責任を負っていないB社がA社の従業員に指揮命令をします。これでは、あまりにも都合が良すぎます。研修の最初には「直接指揮命令した方が効率よく仕事ができる」と話す人もいますが、このような説明で理解してもらうようにしています。

ユーザー企業の問題

多重下請け構造の背景にはユーザー側の問題もあります。システム部門の外部化によって、ユーザー企業にシステムの目利きができる人がいなくなっていることが大きな問題です。そのため、ベンダーへの「丸投げ」が一層進んでしまうという問題もあります。

ITに関するスキルは、いまやどの産業でも不可欠になっています。会社で帳簿を読める人が一人もいないと問題であるように、ITに関するスキルを持つ人が会社内にいないことは問題です。変化のスピードが速いITの動向を追い掛け続けるのは大変ですが、それをやめてしまえば成長は期待できません。ユーザー企業が自分事としてITスキルを高めていくことが多重下請け構造の解消策の一つになるはずです。

また、システム開発において、人月工数以外の見積もり手法が確立していないことも課題の一つだと思います。見積もりの前提となる作業の対象が決まらないままシステム開発がスタートし、とにかくエンジニアを集めることが優先され、人月単価で見積もり、発注が行われています。結果的にこうした開発プロセスが人の頭数で発注してしまう「偽装請負」の温床にもなります。

フリーランスの活用は問題解決に資するか

最近では、フリーランスとして働くことがもてはやされています。ただ、現時点ではエンジニアにとってリスクが高い働き方だと考えています。フリーランスという個人請負の契約形式では、エンジニアは労働法制の枠外に置かれ、原則としてそれらの保護を受けることができません。自由に働けるというプラス面もありますが、そうした好条件で働くことのできるフリーランスは一部にとどまるはずです。むやみにフリーランスをもてはやす風潮には懸念を抱いています。クラウドソーシングサービスが広がって企業とエンジニアを直接つなぐことは、多重下請けの「中抜き」問題を解消する方策の一つに見えますが、労働法の観点からはいいことばかりではありません。

実態とずれた契約形式の問題

話は変わって、IT業界では、業務の実態と契約形式が合っていないことがとても多いです。システム開発の契約は、開発プロセスや使用する技術を抜きにして決めることはできません。例えば、何をつくるのかを決めていない段階で請負契約にしても仕事の完成の判断ができず、結果的に働く人にしわ寄せがきます。

ユーザー企業、ベンダー企業ともに、法務部が契約書をチェックしていますが、開発プロセスと契約形式が合っているかどうかまでをチェックしていないケースがあります。ユーザー企業、ベンダー企業ともに開発プロセスと契約の実態が合っているかをチェックできるようになれば、開発にまつわるトラブル防止につながるのではないでしょうか。

特集 2019.072025年の崖にどう向き合うか
トピックス
巻頭言
常見陽平のはたらく道
ビストロパパレシピ
渋谷龍一のドラゴンノート
志進
バックナンバー