特集2019.07

2025年の崖にどう向き合うか多重下請け構造からの脱却の道
中小企業の経営者・エンジニアが進むべき道とは?

2019/07/12
DX推進でエンジニアのユーザー企業回帰が進めば、多重下請け構造の中にいる中小のベンダー企業はビジネスモデルが立ち行かなくなる可能性がある。どうすればいいか。さまざまなレイヤーで経験を重ねてきたエンジニアに聞いた。
赤 俊哉 ITエンジニア
せき としや 1964年生まれ。ソフトハウスでプログラマー、SEとして従事した後、ユーザー企業の情報システム部門に転職。現在は株式会社明治座のIT戦略室室長。著書に『SE職場の真実 どんづまりから見上げた空』(日経BP社)、『システム設計のセオリー』『要件定義のセオリー』(リックテレコム)などがある。

越えられない壁

私が派遣プログラマーとしてIT業界に入ったのは三十数年前です。その頃から、この業界の多重下請け構造は大きく変わっていません。

下請けといっても、仕事のタイプによって二つの類型に分けられます。一つは、完成物に責任を持つ請負タイプの仕事。こうした下請けなら製品に競争力があればスペシャリストになることもできます。もう一つは、IT業界でよく使われる技術者派遣タイプの仕事。こちらは使われ方によっては、いい意味での下請けになれず、多重下請け構造の温床になってしまいます。

後者のタイプのビジネスは、自社開発で生じるようなリスクがなく、人を送り込めれば原価割れの心配がなく利ざやを得ることができるため、エンジニアのスキルよりも単価の高い現場に人を送り込むことが優先されがちです。少ないリスクで利ざやを得られるので、ビジネスモデルを変えようと思わない経営者も多くいます。こうしたビジネスが成り立つのも、高い技術が求められないシステム改修を行う需要がIT業界に一定程度あるからです。

派遣される側のエンジニアからすれば、元請けや一次請けなどの社員との間に絶対に越えられない壁があります。同じ仕事をしていても待遇に大きな差があります。私の場合も「同一労働同一賃金」ではないことが、とてもつらかったです。発注側からは、元請けの社員と同じように扱われるのに、私の手元には「中抜き」されたお金しか入ってこない。同じことをやれと言われても、モチベーションを維持するのは難しかったです。

また、こうしたビジネスモデルでは、単価の高い現場にエンジニアを送り込むことが優先されるため、エンジニアのスキル向上は二の次になってしまいます。どの現場に送り込まれるかによって、エンジニアのキャリアは大きく変わってしまいます。自分のキャリアが運任せになってしまうことは問題です。

下請け構造から抜け出すには

日本のソフトウエア業界は、世界の中でも汎用機が使われる比率が高く、その保守・運用に多くの労力が割かれています。エンジニアを派遣する会社にとっては仕事につながるからいいかもしれませんが、派遣されるエンジニアの側からすればキャリアの向上につながりません。若いエンジニアがIT業界に入ってきて、コボルのような古い言語を使う現場から抜け出せないようであれば、モチベーションを維持できないでしょう。それでも企業はそこに仕事があれば、利益のために人を押し込むことがあります。

雇われる側としても情報収集が大切です。このままでは自分の将来のキャリアにつながらないと判断したら転職を考えることも大切でしょう。私の場合、派遣プログラマー・SEからの転職を決意したのは、過酷な現場で文字通り死にかけたからです。でも、多重下請け構造というピラミッド構造の中にいると、そこから抜け出そうという気持ちから、段々と受け身の気持ちになってしまいます。そこから抜け出すためには前に進もうという気持ちが大切です。私の場合、労働環境の悪さとともに、元請け社員との労働条件の違いに疑問を抱いたことが、転職の一つのきっかけになりました。

ビジネスモデルの転換

中小企業がこうしたビジネスモデルから抜け出したいのであれば、会社の規模は小さくても開発スキルをきっちり高めていくことが大切です。信頼の積み重ねがビジネスモデルを変えていきます。元請けのベンダー企業の要望に合わせて、エンジニアを派遣するだけでは改革は難しいでしょう。経営者が「ビジネスモデルを変えるんだ」という強い意思を持つことが重要です。

こうした改革ができなければ、若いエンジニアは集まってこないと思います。どの現場に派遣されるかわからない、自分のキャリアを築けるのかわからないというのでは、若いエンジニアは不安だし、会社を去ってしまうでしょう。

まずは経営者が意思を固めること、社員にそれを伝えて、めざす方向を共有することです。社員が方向性を共有するために、会社に対して愛着を持ってもらうことも大切です。派遣しているエンジニアの帰社日にはちゃんと声掛けをするなど、ていねいなフォローが必要だと思います。

事業内容について一つ例を挙げるとすれば、業務システム系であればデータモデリングに関するスキルを高めていくと良いでしょう。少し古くさく思えるかもしれませんがこれからますます重要度が増します。DXの文脈でもデータ構造をきちんと把握できるスキルを持っておくことがポイントです。社員のスキルを棚卸しして、自分たちの会社で何ができるのかを検討すると良いでしょう。

ITをメインストリームに

ユーザー企業のシステム担当者やベンダー企業にとって今は追い風です。AIやIoTという言葉が、技術用語ではなくビジネス用語に変わり、ユーザー企業の経営者もそれらの技術をビジネスに役立てたいという意識が高まっています。アイデアを出しやすい時代になっています。

これまで、システム部門は企業の中のメインストリームになりきれませんでした。そのため基幹系システムも現状維持が中心となり、見直しがなかなか進みませんでした。ただ、最近は少しずつ変わりつつあります。経営にITの力が必要であることは理解され始めています。それを実際の経営戦略にどう落とし込むか。システム担当者の腕が問われます。ITの利活用が経営戦略のメインストリームになれば、ユーザー側の人材育成も活発になり、多重下請け構造にも変化が生じると思います。

日本企業にはもっとポテンシャルがあるはずです。ITの力をいかに生かせるのかがますます重要になっています。

労働組合への期待

労働組合に期待したいことは、意欲のある人への情報提供がまず一つ。加えて、「同一労働同一賃金」への環境整備。さらには「5K」と言われるような労働環境から脱却し、魅力ある産業にすることを期待したいです。

IT業界では、中小企業の労働者が守られていない実態があります。表に出てこない過労死や精神疾患の事例もあります。私も心身の健康を崩した人を見てきましたが、多重下請け構造の末端では助けてくれる人がいませんでした。IT業界はこうした形で優秀な人材を失ってきたと思います。優秀な人材が集まらないとこの産業の未来はありません。労働組合は働く人たちの駆け込み寺になり、安心して働ける環境を整備してほしいと思います。

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