仕事の未来を考える人間中心の仕事の未来へ
ILO創設100周年で政労使が合意した宣言の意義とは
宣言の位置付け
国際労働機関(ILO)は今年、創設100年を迎えました。それを記念してILOは今年6月の第108回総会で「仕事の未来に向けたILO創設100周年記念宣言」を採択しました。
宣言は、ILO創設100年を迎え、今後100年続くメッセージとなることを意図して作成されました。ILOが100年前に掲げた社会正義を追求するという使命、1944年の「労働は商品ではない」とうたった「フィラデルフィア宣言」、1998年の労働における基本原則に関する宣言、2008年の公正なグローバル化に関する宣言──。これらの重要性を再確認し、次の時代につなげていくものです。
宣言の構成
宣言は、前文とⅠ〜Ⅳの本文に分かれて構成されています。
前文では、ILOが過去100年間にわたって続けてきた政労使の協調的活動が社会正義の実現や民主主義、恒久的な平和の推進のために必要不可欠であることを考慮するとともに、フィラデルフィア宣言を再確認し、社会対話が生産的な経済のために極めて重要であるなど、ILOの理念や立場を確認しています。
続く本文Ⅰは、ILOの義務を確認しています。ここでは技術革新、人口動態の変化、環境および気候変動、グローバル化という時代環境の変化に対して、ILOは「人間中心のアプローチ」をさらに発展させることで、社会正義を次の100年に引き継いでいかなければならないとしています。また、ディーセント・ワークなどが貧困に終止符を打ち、誰一人取り残さない持続可能な開発のための基盤であることも示しています。
本文のⅡは、仕事の未来に向けた課題と機会について述べています。パートAでは、「人間中心のアプローチをさらに発展させるにあたり、ILOが力を振り向けなければならない」行動分野として17項目が採択されています。例を挙げると、ⅰ経済・社会・環境面での仕事の未来への公正な移行の確保ⅱ技術進歩と生産性向上の活用ⅲ職業人生を通しての技能、能力、資格の確保ⅳ若年者の教育から就労への移行促進ⅴ高齢労働者の支援ⅵジェンダー平等の達成──などが掲げられています。
本文のⅢは、加盟国に対する行動の呼び掛けを行っています。ここでは、ジェンダー平等や効果的な生涯学習、包括的かつ持続可能な社会的保護を掲げるとともに、インフォーマルな労働からフォーマルな労働に移行するために、妥当な最低賃金や労働時間の上限規制、労働安全衛生などに配慮すべきであるとしています。
本文Ⅳは行動のための手段が盛り込まれています。
意義の大きい政労使の合意
今回の宣言は、フィラデルフィア宣言の「労働は商品ではない」のように印象的なフレーズが前面に出ているわけではありません。
しかしながら、今回の宣言はILOがこれまで培ってきた理念や、三者構成主義、基準適用監視機能というILOの根幹となる機能を維持しながら、技術革新、人口動態の変化、環境および気候変動、グローバル化という時代の変化にどのように対応していくべきかを示しています。
この宣言で何より重要なのは、これだけの文書に世界の政労使が合意して、採択したことです。これはすばらしい成果です。宣言に関する総会での審議は会期中、連日深夜まで及びました。さまざまな部分で意見の隔たりが大きく、採択を危ぶむ声もあったほどです。しかし、それでも最終的には政労使が合意し、採択されました。宣言は今後、労働のあり方に関する議論の基盤として活用されることになります。その意義はとても大きいと言えます。
日本での活用
日本でもこの宣言を活用しながらできることはたくさんあります。例えば前文で、貧困に終止符を打ち、誰一人取り残さない持続可能な開発をめざすとうたっている箇所は、日本でも貧困が社会問題化する中で、めざすべき指針となります。
また、本文Ⅱの具体的な行動分野に関しても、テクノロジーの進歩と生産性向上の活用という項目は、単組レベルでも労使で協議すべき課題です。生産性向上の成果をどう分配するのか、テクノロジーから取り残されないための教育訓練や労働移動を十分に提供できるのか、労使で議論すべき課題であり、宣言はその議論の土台になります。
宣言では、ジェンダー平等を取り上げていることも特徴です。本文Ⅱでは、男女の同一価値労働同一賃金や平等参画の保障、家庭内責任の分担、ケアエコノミーへの投資などにも触れています。前文では、暴力とハラスメントのない仕事の世界に努力を尽くすことも確認されています。労働者側としては大きな成果だと考えています。
そのほかにも、高齢労働者への支援や、グローバルなサプライチェーンへの対応などの課題とそれへの対応が列記されています。妥当な最低賃金や労働時間規制も、今後ますます重要な課題となってきます。
このように宣言は、一見すると課題の列記ですが、100年前には想定されていなかったテクノロジーや環境、移民問題などの視点が盛り込まれており、労使で議論すべき課題が一つずつ取り上げられています。この宣言を議論の土台とし、具体化するのは加盟国の政労使の責任だと捉えています。その意味からも、政労使がこの宣言に合意したという意義の大きさを改めて強調しておきたいと思います。私たちは最低限の土台としてこの宣言を活用することができます。
世界の潮流の変化
この宣言はILOが今後進むべき方向を示しています。私は特に、三者構成主義や基準適用監視機能の堅持が、今後の時代変化への対応に当たっても重要だと考えています。そして、何より重要なのは社会対話です。社会対話には、団体交渉や労使交渉が含まれます。労働組合活動などを通じて引き続き社会対話を実践していくことが大切です。アジアの国では社会対話が十分に実践できていない国も多くあります。多国籍企業を多く抱える日本の労使がそうした国々の社会対話を促進することも重要な役割だと考えています。宣言を生かすことができるのは連合や産別をはじめとした労働組合の皆さんです。
今回の宣言も国連の持続可能な開発目標(SDGs)も、「人間中心」というのが大きなメッセージです。経済効率だけを追い求めるのではなく、そこから取り残される人をなくそうという意思が明確に示されています。
こうした考え方は世界的な潮流となっています。経済効率が追い求められがちな日本でも、ILOやSDGsの考え方がより広まるといいと思います。皆さんにはぜひ今回のILO宣言を社会に広く発信する役割を担ってほしいと思います。