特集2019.08-09

仕事の未来を考える[解説]ILO「仕事の未来世界委員会報告」
人間中心の仕事へ 三つの投資を

2019/08/19
今年1月、ILOの「仕事の未来世界委員会」が報告書をまとめた。キーワードは「人間中心」。ILOがこれまで培ってきた理念を激しい構造変化の中でどのように生かすべきか。委員を務めた清家篤・日本私立学校振興・共済事業団理事長に聞いた。
清家 篤 仕事の未来世界委員会 委員
日本私立学校振興・共済事業団 理事長

──「仕事の未来世界委員会」が設置された際、どのような問題意識があったのでしょうか。

「仕事の未来世界委員会」は国際労働機関(ILO)創設100周年を記念して行われた事業で、2017年10月に発足しました。スウェーデンのロベーン首相と南アフリカのラマポーザ大統領を共同議長に世界から約20人の専門家を集め、2年間の間に4回の会議を開き、今年1月に報告書をまとめました。

仕事の未来を検討する際、委員会が問題意識として取り上げたのが、仕事のあり方を規定する外部構造の変化です。それには四つの変化があり、(1)人口構造の変化(2)技術の向上(3)経済のグローバル化そして(4)気候変動──がそれに当たります。こうした要素が仕事の未来にどのような影響を及ぼすのか。あるいは、こうした要素を踏まえた上で、より良い仕事の未来を実現するためにはどうしたらいいか。それが委員会の基本的な問題意識でした。

──まとめられた報告書の基本的な考え方を教えてください。

報告書は、ILO創設の理念を新しい環境の中でいかに実現していくかを基本的な考え方としています。第一次世界大戦後に創設されたILOは、戦争の背景には労働に関するさまざまな不公正の問題があったことを反省し、労働条件の改善を通じて社会正義を基礎とする世界の恒久平和を実現するという理念を掲げました。具体的には十分な生活賃金や、1日8時間労働の保障などを掲げ、さらに第二次世界大戦時の1944年に採択された「フィラデルフィア宣言」には「労働は商品ではない」という有名な一項があります。そして最近では「ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の実現」を重要な目標として掲げています。

労働は確かにモノやサービスを生産するための生産要素ですが、それを担っているのは生身の人間であって、単なる道具や商品ではありません。賃金も単なる価格ではなく、人が生きていくための糧です。労働は、それによって人が生活し、自己実現を図るためのもので、単なる商品ではないのです。

今回、仕事の未来を考える際にも、ILOが培ってきたこうした理念をどう生かすかが議論されました。これらの考え方を包摂して生まれたのが「人間中心」という考え方です。先ほど上げた構造変化の中で、どうしたら「人間中心」の仕事が実現できるかを検討しました。

──具体的な提案の内容は?

人間中心の明るい未来を実現するために三つの分野での投資の拡大を提起しています。

一つ目は、人の潜在能力に対する投資の拡大です。高齢化に伴う就業期間の長期化や、技術発展が進む中で、人間らしい仕事のためには、一人ひとりの能力を高めなければなりません。そのためには、教育訓練や能力開発が必要であり、人の潜在能力に対する投資の拡大が不可欠です。とりわけ生涯学習や生涯能力開発が重要だと強調しています。

二つ目は、労働にかかわる制度への投資です。労働にかかわる制度とは、例えば労働基準法のような法規制であり、そうした法規制に基づき労使交渉によって労働条件を向上させる集団的労使関係といった制度です。働く人の能力を高めても、その成果が労働者に適正に分配されなければ明るい未来はありません。適正な分配を実現するために、労働法の整備や集団的労使関係の強化への投資が重要だと提起しています。

三つ目は、ディーセントで持続可能な仕事への投資です。人を使いつぶすような仕事、環境を破壊するような仕事は、短期的には企業の利益につながるかもしれませんが、長期的には持続可能ではありません。人間らしい仕事、地球環境の持続可能性に配慮した仕事への投資を拡大する必要があります。

──報告書は日本に対してどのような示唆を与えているでしょうか。

ここで挙げた三つの点について、日本は世界に対して見本を示すことのできる部分と、課題として努力すべき部分があると思います。

潜在能力への投資という面では、近年弱くなったところがあるとはいえ、企業内での能力開発は他国の手本になり得るものです。新規学卒者を学校から就業へと失業を経ずに雇い、企業の中で育てる仕組みは今後も大切にすべきでしょう。職業人生の長期化によって企業外でのリカレント教育を充実する必要もありますが、仕事能力は仕事を通じて身に付けるものなので、やはり重要なのは企業内の能力開発です。

一方、労働にかかわる制度への投資という面では、働き方改革が今後の課題です。長時間労働の是正や多様な労働者の集団的労使関係への包摂などが課題となっていると思います。

ディーセントで持続可能な仕事という面では、高齢者や子どものケアにかかわる仕事などへの人材確保とそのための労働条件改善は不可欠です。また日本は高齢者の就労意欲が高く、企業も高齢者の就労を促進しており、高齢化の先進国として生涯現役社会のモデルとなり得ます。

──働く人たちにメッセージを。

この報告書を通じて、ILOの基本理念をあらためて思い起こしていただきたいと思います。労働条件の改善を通じて社会正義を実現し、世界の恒久平和を実現するという基本理念は、ILOが創設された第一次世界大戦後だけではなく、現代にも共通するメッセージです。世界でポピュリズムが台頭している背景にあるのは、グローバル化や技術の構造転換などで、自分の仕事が脅かされ、労働条件が劣悪化していると感じる人たちの増加です。これらの問題に対応するためにも、経済成長の果実をきちんと労働者に分配し、労働条件の改善を通じて、社会正義を実現し、恒久平和を導くというILOの基本理念は大切です。また具体的な政策実現のためには、政労使の三者構成による合意形成も重要です。今後もこの枠組みを維持していくことが労働条件の着実な改善のために欠かせません。

最後に、より良い仕事は何かについて、私の考えを述べたいと思います。

人間中心の仕事において、必須の条件は、仕事を通じてどれほど成長できるかということだと思います。働きがいのある仕事、人間らしい仕事とは、人間が取り替え可能な部品のように扱われる仕事ではなく、一人ひとりがかけがえのない存在として扱われる仕事だと思います。そのためには、職場で長く働くことを前提に、その職場の中で成長し、貢献できる働き方が良い仕事だと思います。

今後、職業人生が長期化する中で、能力開発の役割はますます重要になります。その意味でも、仕事能力を高められる職場は、良い職場であることの必須条件になるでしょう。

福沢諭吉はかつて、文明の発達はその社会の個人の知と徳が両輪のように高まっていくことで実現すると言いました。働く人たちの知と徳を高められる職場こそ、良い仕事であるための一番の条件だと思います。労働組合の皆さんにはそうした職場をつくっていただきたいと思います。

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