特集2019.08-09

仕事の未来を考える「社会契約の再活性化」とは何か
世界の潮流の変化を捉えよう

2019/08/19
ILOの「仕事の未来世界委員会報告」は「社会契約の再活性化」を指摘する。これは何を意味するのだろうか。技術や環境など、世界を取り巻く情勢が変化する中で、社会契約を巡る世界の潮流は大きく変化している。
山崎 憲 独立行政法人 労働政策研修・研究機構
主任調査員

社会契約が生まれる背景

契約といっても、社会契約には成文化した文書がはじめから存在するわけではありません。まず、社会における「場の空気」や「エートス」(気風などの意)のようなものが醸成され、それが文書や制度、社会的な合意という形になり、それが「社会契約」となります。

国連やILOという機関が生まれたのもそうです。戦争や貧困、格差の拡大といった社会問題があり、それらを是正する必要性が社会で共有されたからこそ、これらの機関が「社会契約」「社会合意」として創設されました。

ILOの「仕事の未来世界委員会報告」では、「社会契約の再活性化」という言葉が使われています。この意味は、既存の政労使の話し合いを活性化するということだけではなく、それ以上に「場の空気」「エートス」の変化を強調するものだと思います。

第二次世界大戦後のヨーロッパでは、生産性運動が一つの社会契約になりました。荒廃した国土の回復のために政労使が一体となって生産性を向上させる。そのために、さまざまな制度や法律が社会の仕組みとして組み込まれました。しかし、その「再活性化」を求めるということは、現状においてその前提となる「場の空気」「エートス」が変化しているということです。

SDGsが表す変化

変化を表す大きな出来事は、2015年の国連総会で採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」です。貧困や飢餓の根絶、ジェンダー平等などとともにディーセント・ワークの推進も目標の一つとして掲げられています。

また、OECDが今年発表した「雇用アウトルック」には、従来型の労働組合では対応しきれない労働者を、集団的な労使関係の中に取り込んでいくべきとする提言が盛り込まれました。

世界的な潮流として、企業利益の優先とは異なる流れが生まれています。このままでは世界は持続しないという危機感が、政治を大きく動かしています。経済的な側面では、国境を超えるデジタル・ネットワークの広がりが、国民国家という規制力の弱体化、さらに国際機関への脅威という危機感を生み出しています。

仕事の世界もそれは同じです。AIやプラットフォームビジネスの台頭により、働く人たちは中核的な仕事から単純労働への移行を余儀なくされ、労働条件が劣悪化していく懸念が強まっています。

これに対してEUでは、何らかの規制が必要という議論が強まっています。例えば、独占禁止法を活用して企業間取引に規制をかけるべきという声も出ています。GAFAのようなデジタルプラットフォームに対する規制もそうです。ソーシャル・プロテクトという呼び名で報告書も提出されています。このように大きな不平等を生まないために社会的な規制を求める声が高まっています。それが「社会契約の再活性化」という言葉の背景にあります。

パートナー関係が重要

集団的労使関係という意味では、各国で労働組合の組織率が低下しており、労働組合の利害調整機関としての機能が低下しています。OECDの提言のように、さまざまな形態の労働者を集団的労使関係の中にもう一度取り込むことが求められます。

日本ではどうでしょうか。日本でもAIやRPAなどによる仕事の代替がすでに進んでいます。リストラやアウトソーシング、それに伴うキャリアチェンジの動きはすでに見られます。優秀な人材に手厚く処遇するために、その他の従業員の人件費を抑える動きがますます進むかもしれません。

こうした中で日本の労働組合は難しい立場に置かれています。企業別労働組合は、経営者から持続的経営のパートナーとして期待されているため、今後もなくなることはありません。しかし、その一方で集団的労使関係の枠組みに取り込まれない人たちが増えているのも事実です。こうした取り残された人たちを集団的労使関係の中に再び取り込むことが、「社会契約の再活性化」の一つです。

そのためには、そうした人たちを既存の労働組合の中に取り込んでいくだけではなく、既存の労働組合の外にある組織とパートナー関係を結んでいくことが大切だと考えています。

例えば、イギリスには「Living Wage Foundation」という組織があります。労働組合や教会、地域コミュニティーが中心になって最低賃金の引き上げをめざす組織ですが、中には企業・経営者も数多く参加しています。また、アメリカの「Fight for $15」といった組織もそうです。労働組合はこれらの組織をバックアップしていますが、これらの組織の中心ではありません。これらの組織は、労働組合とは別の組織として、労働組合以外の人たちも参加しながら運動を展開しています。こうした組織とのパートナー関係が重要になっています。

「社会契約の再活性化」のためには、「場の空気」や「エートス」を醸成する必要があり、そのためには団体の活動が必要です。欧米では労働組合が人や資金をバックアップし、こうした団体を育ててきました。こうした地域団体は、労働に関係する団体だけではなく、子育てや環境問題などさまざまに生まれています。

日本におけるこうした地域組織はまだ弱いと言えます。労働組合とのつながりもまだまだ弱いです。日本の企業別労働組合は今後も経営に必要とされ、存在し続けますが、社会契約にかかわる組織として存在感を発揮できるかどうかは別問題です。ポイントは、労働組合の外の団体と結び付き、「場の空気」「エートス」を醸成していくことではないでしょうか。

世界の文脈は変化している

日本の経営者・労働組合ともにまず気付いてほしいのは、世界の文脈は大きく変化しているということです。SDGsは利益第一主義からの大きな方向転換です。経営者も含めてSDGsに合意した背景には強い危機感があります。持続可能な社会のために何が必要で、どう行動すべきなのか。そこを学ぶことが大切で、日本企業の意識は10年くらい遅れているという印象を持たざるを得ません。SDGsの背景にある「場の空気」「エートス」を感じ取ってほしいと思います。

「場の空気」「エートス」は、当事者の声から生まれます。その声が組織化され、権利や制度として形成されていきます。その声を大きくするために、それらの声で組織化された団体をいかにサポートできるかが大切です。労働組合はそれらの団体を支えることのできる組織です。労働組合は「社会契約の再活性化」のために、引き続き重要な役割を期待されています。

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