仕事の未来を考えるグリーン経済への転換に不可欠の
「公正な移行」をどうやって実現するか
国際ディレクター・理事
温暖化の危機
気候変動枠組条約締約国会議(COP21)は2015年、産業革命前からの気温上昇を2度未満に抑えるため、今世紀後半に世界全体で温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすることをめざす「パリ協定」を採択しました。また、2018年10月には、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が、現状のままでは早ければ2030年にも世界の平均気温が産業革命前より1.5度上昇するという報告書をまとめました。
気温上昇が1.5度なのか、2度なのかで海面上昇や異常気象などの影響は大きく異なります。IPCCの報告書は、気温上昇を1.5度に抑えるためには2050年には温室効果ガス排出を「実質ゼロ」にする必要があると指摘。「脱炭素社会」を「パリ協定」より前倒しして実現する必要性が出てきています。
「グリーン経済」という言葉が語られる背景には、こうした現状認識があります。経済を支えるビジネスのあり方そのものを変えなければ、「パリ協定」は達成できず、持続可能な世界の発展は実現しない。こうした危機感が世界の共通認識になっています。
国際労働機関(ILO)や国際労働組合総連合(ITUC)もその危機感を共有しています。仕事の未来のためにはグリーン経済への移行が必要であり、その移行のためには、「公正な移行(Just Transition)」を適切かつスピーディーに進める必要があると認識しているのです。
グリーン経済への移行
グリーン経済への移行は、エネルギーを大量に生産し、大量に消費する産業のあり方を変えることを意味します。エネルギーを生産する産業は、再生可能エネルギーへの転換が求められ、エネルギーを消費する産業は再生可能エネルギーを使用するとともに、温室効果ガスを排出しない方法で製品を製造する必要に迫られます。「パリ協定」の達成のためには、エネルギー集約型の産業は、緊急な対応を迫られていると言わざるを得ません。エネルギーを大量消費するビジネスモデルは縮小・撤退する、あるいはまったく違う方法で同じ製品を生み出すなどの方法を模索する必要があります。
公正な移行とは、こうした産業構造の転換に関して、雇用・労働条件、職業訓練、社会対話などの政策や対策を促進していくことを意味しています。
国際再生可能エネルギー機関(IRENA)は、再生可能エネルギー分野では、地域分散型のネットワークに移行することで、これまでより多くの雇用が生まれると指摘しています。すでにこの分野では、世界で1100万人の雇用が創出されており、2030年には、雇用者は2290〜2440万人に増加すると推計。具体的には、地域の発送電にかかわる雇用や、地域分散型ネットワークを調整するIT部門などでの雇用創出が見込まれています。成長の見込まれる産業への移行が世界的な課題となっています。
公正な移行の課題
公正な移行の取り組みはまだ始まったばかりであり、公正な移行に取り組み始めた国でも困難な課題に直面しているのが現実です。
どこの国でも、産業が地域に根付いている場合や、仕事が個人のアイデンティティーと重なっている場合があります。こうした課題を乗り越えるのは容易ではありません。例えば、温室効果ガスの削減で先進的な取り組みを進めるコスタリカでも、産業移転に伴う雇用問題に直面しており、公正な移行こそが主要な課題になっていると言われています。
それでも、いくつかの先進事例が報告され始めています。カナダのアルバータ州では、脱石炭火力に伴う雇用の移行のための基金や職業訓練、教育機会の提供、企業に対する同地での電源立地や年金の保障義務付けが導入されています。こうした施策は、炭素税を主な財源として実施されています。カナダの鉄鋼産業の労働組合は、労働者一人ひとりの悩みや怒りを直接聞きながら対策を進めていると聞いています。
公正な移行を進める国に共通しているのは、政府が「脱炭素社会」の実現というビジョンを明確に示していることです。コスタリカやスペイン、ニュージーランドやカナダなどの国は、政府主導で公正な移行のための戦略を策定したり、そのためのセンターを設置したりしています。国がビジョンを明確化することで、個別企業には対応できない課題の解決の検討に取り組むことができ、企業や労働組合などの主体との対話の機会を設けることができます。
「脱炭素社会」の実現というビジョンがあってこそ、社会対話のスタートラインに立つことができます。大切なのは、構造転換の影響を受ける産業や地域で前もって対話を重ねておくことです。そうすることで、その後の摩擦や衝突を緩和することができます。
日本の現状と課題
日本の現状はどうでしょうか。日本では、グリーン経済への移行が必要というビジョンの共有すらされていないのが現状だと思います。政府の「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」は、これまでのエネルギー政策のあり方を大きく変えるものではなく、「脱炭素社会」の実現に向けた日本政府の本気度が疑問視される内容です。今後5〜10年が産業構造の転換にとって非常に重要な時期に当たる中で、ビジョンの共有すらされていない状況に危機感を抱いています。事態が追い詰められてからでは、労働移動を吸収する産業が育たず、「痛み」も大きくなります。
こうした状況では、市民社会からの声が重要な役割を果たします。世界の労働組合は、早い段階からグリーン経済への移行を呼び掛けています。ITUCは、環境団体と同じ先進的なメッセージを発信し、環境破壊の影響は弱者に及ぶ、地球環境を守らなければ安定した雇用も守られないと訴え、公正な移行の実現を働き掛けてきました。同様に各国の労働組合も市民団体と連帯して、声を上げてきました。地球温暖化の被害を受けるのは多くの市民、労働者だからです。
「脱炭素社会」の実現は、今後5〜10年の取り組みがその後の将来を左右します。その機会を逃してしまえば後戻りはできないという緊急性の高い課題です。質の高い仕事や暮らしを維持するためにも、新しい経済を生み出すというポジティブな意味でも、「脱炭素社会」の実現に日本社会全体が真剣に向き合わなければいけません。連合をはじめとした労働組合の役割に大いに期待しています。