特集2019.08-09

仕事の未来を考える能力開発・教育訓練はどうする?
問題を発見し解決する能力が大切

2019/08/19
就業人生が長期化する中で働く人たちの能力開発・教育訓練のあり方も変わっていく必要がある。求められる支援のあり方や働く側に求められる心構えなどについて聞いた。
藤村 博之 法政大学経営大学院
イノベーション・マネジメント研究科
教授

メンバーシップ型と教育訓練

日本の雇用のあり方は「メンバーシップ型」と呼ばれます。新卒一括採用で入社した従業員を職務や勤務地などを限定せず、同一企業内で長く働いてもらう。そこに特徴があります。

そのため教育訓練のあり方も企業内訓練が中心です。企業は、学校を卒業した若者を一括採用し、社内で教育訓練を施します。その後も、入社から数年ごとに階層別の教育を実施し、企業内で教育するシステムを整えています。同時に、日々の仕事を通じて能力を上げていくOJTを日常的に行い、従業員の能力開発を行っています。

近年、日本企業は教育訓練費を縮小させています。ここで言う教育訓練費は、職場外での教育訓練(OFF─JT)のことを指します。経営の短期志向が広がる中で、削減の影響が見えづらい教育訓練費を減らす動きが広がっています。ただし、これでは長期的に人材が育ちません。労働組合は長期的な視点に立って、企業に教育訓練の重要性を訴えていくべきでしょう。

また、日本企業は50代以降の従業員の能力開発に熱心と言えません。働く側も50代になると自身の能力開発に対する意欲を低下させます。就業構造基本調査によると、会社の研修を受けたり、自己啓発に取り組んだりした50代の労働者はおよそ4割。残りの6割は、特に何もしていません。就業人生の長期化の中で、今後70歳まで働くことになれば、50歳からの20年間、能力開発をしないまま働き続けるのは難しいでしょう。会社も働く側も学びの意識を高める必要があります。

自分で能力開発を管理する

こうした課題の背景には、メンバーシップ型雇用の下、従業員のキャリアコースが企業によって決められてきたことがあります。従業員が特定分野で能力を高めたいと思っても、会社から辞令が下りればまったく別分野の仕事に就かなければいけない場合もあります。その結果、従業員は能力開発を会社任せにし、自らは管理しない習慣が身に付いてしまいました。

長く働き続ける中で、何も学ばないままでは、企業にとって魅力的な人材であり続けることは難しいでしょう。働く人にとっては、自分の能力を自分で管理して、高めていくことが今後ますます重要になると言えます。

学ぶと良いことがある

では、能力開発のモチベーションを高めるにはどうしたらいいでしょうか。企業の視点から見ると、例えば、特定のポストに就くための必要条件として、企業内の教育訓練プログラムを受講してもらうこともその一つです。多くの企業は教育訓練のプログラムと処遇のリンクが不十分です。そこを結びつけることで、従業員の能力開発に対する意識を高めることも考えられます。

また、職能資格制度の職務遂行能力について、技術進歩などに合わせて評価を見直していくことも試みの一つとして考えられます。新たな学びを得ていかないと評価に影響すると感じてもらうことも一つの手でしょう。

従業員に学ぶ習慣を身に付けてもらうには、(1)学ぶと良いことがある(2)学ばないと良くないことがある──の二つの方法があります。短期的には(2)の方が反応しやすくなりますが、学ぶ習慣が身に付くと(1)のように学び自体に楽しみを見い出せるようになります。その段階までモチベーションを引き上げられるかがポイントです。

時代変化への対応力

産業構造の転換が進む中で、働く人たちがキャリアチェンジを余儀なくされる場合もあります。かつては、炭鉱の閉山に伴い、雇用転換が政府の一大事業として行われたこともありました。ただ、国策としての事業は十分機能したとは言い難いというのが私の評価です。

やはり、40代以上の労働者が他産業に移行するのには、さまざまな困難が伴います。他産業の仕事に向いている人もいれば、向いていない人もいます。その場合、少し視点を変えると良いでしょう。例えば、グループリーダーとして活躍してきた人がいれば、組織を運営するという仕事は他産業でも生かせます。その分野の技術ではなく、組織運営という観点で活躍することは十分に可能です。

絶え間ない産業構造の変化や技術革新に対応していくためには、柔軟性を失わず、学び続けることが必要です。近年はAIなどの進化により、雇用のあり方が一部の高度な知識労働と単純労働に二極化するとの議論がありますが、すべての仕事が一様にそうなるわけでもないと考えています。AIが職場に導入されることでなくなる仕事もありますが、それによって新たに生まれる仕事もあるはずです。大切なのは、新たに生まれる仕事に対応できる能力があるかどうかです。

ここでも学び続ける習慣がポイントです。人間には柔軟性があります。考え方を固定せず、さまざまなものの見方を身に付けておけば、新しい状況にも対応しやすくなります。

知識や技術の陳腐化のスピードが速くなっている一方、企業がほしがっているのは問題を発見し、原因を分析し、解決方法を提示できる人材です。大学院は、こうした能力を伸ばす教育機関として適しています。大学院で学ぶ社会人が増えることを期待しています。

労働組合への期待

労働組合の役割にも期待しています。ある製造業のIT企業の支部では、労働組合が勉強会を開催しています。アメリカの学会誌に注目の論文が掲載されたら、英語の得意な組合員が解説しながら、その内容を共有します。ただ、その内容は組合員の仕事にとってすぐに役立つ情報というわけではなく、必ず勉強しなければいけないものでもありません。でも、知っておくと将来的に役に立つかもしれないというものです。組合員に呼び掛けると、これまで組合活動に興味を示さなかったエンジニアが参加するようになったそうです。

労働組合にはこのように組合員の能力開発を促し、それを労働条件の向上につなげていく役割もあります。仕事のあり方が変化する中で、組合員が学び続ける習慣を身に付けられるように、労働組合としてもサポートのあり方を検討してほしいと思います。

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