特集2019.12

労働組合による経営分析経営情報を労使で共有する意義とは?
情報共有が労使を強くする

2019/12/12
経営計画や財務情報をはじめとした情報を労使が共有する意義はどこにあるのだろうか。中小企業の労使関係を長年研究してきた識者に聞いた。
黒瀬 直宏 嘉悦大学元教授
NPO法人
アジア中小企業協力機構
理事長

経営情報を共有する意義

企業の経営情報を労使が共有することには、二つの意義があります。

一つ目の意義は、労働における「構想と実行の分離」という資本主義下で生じる、労働者にとっての深刻な問題を緩和し、労働者の自律化を通じた労使対等をもたらすことです。

「構想と実行の分離」とは何でしょうか。人間は、労働する際、まず構想することから始めます。その構想したものを自然に対して働き掛け、自然の形を変えることで構想を実現します(実行)。これが人間の労働の特徴です。動物の労働には構想がありません。

ところが現実の労働は、構想と実行が分離しています。つまり、構想の部分は、経営者が行い、労働者は言われたことをやるだけ。労働者が生み出したものも企業のものになる。これでは、構想したことを実行するという労働の本来の喜びが実現しません。

企業における経営情報の共有は、こうした「構想と実行の分離」の問題を解消するとまではいきませんが、緩和するものだと言えます。

自律化と労使対等

組織における情報共有の構造は、次の三つの情報ループとしてモデル化できます。

一つ目は、経営側が持っている上部情報を労働者・労働組合が共有するループ。これは「マクロ・ミクロ・ループ」と呼べます。

経営側の持っている経営計画、部門別方針、財務情報などは、構想の基になるものであり、構想そのものでもあります。この情報を労働者が共有することは、労働者や労働組合が構想を共有することです。労働者は構想を共有することで自分の労働の意味がわかり、自己実現的な労働に近づくことができます。

また、情報は権力独占の源です。情報共有は、労働者が自分で判断する機会を増やし、労働者を自律化に導くことで、労使対等にも近づけます。

二つ目は、労働者・経営者が持っている情報を経営側が共有するループ。これは「ミクロ・マクロ・ループ」と呼べます。

労働者・労働組合は経営側が持っていない貴重な情報を持っています。特に貴重なのは場面情報です。販売現場での顧客の何気ない一言。製造現場でのミスから生じた気付き。こうした場面に企業が成長する情報が隠れています。経営側がこうした情報を取り入れなければ、経営計画は実態から離れた無意味なものになってしまいます。

そして、この情報力が労働組合の武器になります。現場の情報を集め、それを用いて経営計画に参画すれば、労使対等に接近します。

三つ目が、労働者同士が下部情報を共有するループ。これは「ミクロ・ミクロ・ループ」です。

情報を持っているのは労働者ですが、一人では発信力に限界があります。労働者がそれぞれ持っている情報を共有することで、より高度な情報になります。

このように、経営情報の共有は、「構想と実行の分離」という問題を緩和し、労働者の自律化を通じた労使対等をもたらすのです。

「Win-Win」の関係

表 経営計画の決め方と経営のパフォーマンス
注 対象業種:機械製造業・金属製品製造業、繊維製造業・衣服その他繊維製品製造業
回答企業平均従業員数:34.2人(2003年度)
アンケート調査実施期間:2004年10月1日〜05年4月30日、訪問面接にて実施

情報共有のもう一つの意義は、企業の情報発見能力を高めることです。企業成長の鍵は、新たな需要や技術に関する情報を発見することです。そうした情報は命令されて発見できるものではありません。労働者の内面から湧き起こる主体的意欲が不可欠です。情報共有が労働者の主体性を高めることで、企業の情報発見能力が向上します。

ここで私が以前行った調査を紹介します。経営計画の決め方で企業を分類し、パフォーマンスを分析した結果です(表)。「一般従業員も参加」して経営計画を決めた企業の方が、経営実績をはじめとして数値が良いことがわかります。情報共有は労使にとって「Win-Win」の関係をもたらすと言えます。

経営パートナー主義

経営情報の共有は、経営者に「従業員は経営のパートナー」という思想がないと前に進みません。従業員は使用人で、経営者の言うことに従っていればいいと考える経営者の下では、情報共有は困難です。

「経営パートナー主義」は次の三つの認識からなります。第一に、経営者は経営権と経営責任を持つが、経営者と従業員は人格的に対等であると認識すること。第二に、経営の成果は労働者の共同労働の果実であると認めること。この二つの結果ですが、三番目として、従業員は経営上の共通目的を達成するためのパートナーと認識することです。

とある食品製造の中小企業では、「従業員一同」の名で社長を製品開発の模範とする表彰状を贈っていました。社長は製品開発が趣味で、独断で開発しては社員に売りに行かせてましたが、ほとんどどヒットしませんでした。周囲のアドバイスで従業員参加の製品開発会議を設置、初めは意見が出ませんでしたが、やがて、皆が情報を出し合うことで機能し始め、開発製品の数は減りましたが、すべてヒットするようになりました。情報共有が社長と従業員を対等化し、従業員が社長を表彰するというパートナー関係が形成され、成果も高まったのです。この会社では経営計画も全員参加で決めています。

労働条件基準原理

加えて私は、労使共同の目標として、「労働条件基準原理」を持つべきだと強調しています。

「労働条件基準原理」とは、生産性上昇の結果として労働条件を引き上げるのではなく、労働条件の向上を経営目標として掲げ、そのために生産性上昇を図るというものです。

半導体や光ファイバーを開発・製造する企業では、毎年15分の時短を経営目標として掲げ、その達成のために生産性向上を図ることにしました。うまくいかなかったら元に戻すという合意で始めたところ、4年ほど続けたら1時間の時短が達成できました。この企業では年次有給休暇の取得率は90%。ゴールデンウイークや夏季・年末年始には連続9日間の休暇があります。その結果、優秀な人材の確保に成功し、売り上げを伸ばし、従業員150人程度ながら東証一部上場を果たしました。

また、別のプレス加工の中小企業では、賃金や福利厚生の引き上げ目標を設定。目標額は賃金引き上げを達成するための額です。この会社の発想は、「売り上げが上がったから給与を上げる」ではなく、「給与を上げるために売り上げを上げる」。この企業では、売り上げや付加価値、労働分配率などのデータを毎月、社内に公開。従業員は自分の働きで「人・時生産性」が上がることがわかり、目標達成に向けて主体的に努力しています。

私はこれを「労働条件基準原理」と呼んでいます。共通の目標として労働条件の向上を掲げ、その目標に向けたデータを労使で共有し、労働者の主体的な行動を引き出しながら、企業利益の拡大にもつなげる。これも一種の情報共有であり、「経営パートナー主義」の具体化だと言えます。

労働組合が力を付けるためには、経営側が持っていない独自の情報を集めることが大切です。労働組合は、職場の経営情報を収集し、経営のもう一つの主体として、経営陣と対等な関係で議論してほしいと思います。

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