特集2019.12

労働組合による経営分析企業組織再編時における情報共有
「車の両輪」四つの意味とは

2019/12/12
企業組織再編を円滑に進めるためにも労使の情報共有が重要だ。どのように労使の対等性を確保すべきか。『企業組織再編の実像─労使関係の最前線』をまとめた呉学殊氏に聞いた。
呉 学殊 独立行政法人労働政策研究・研修機構
労使関係部門 副統括研究員

情報共有の仕組みがない日本

企業は株主のものと言われますが、私は経営者と従業員のものだと思っています。従業員は、経営者とともに自分の生活を懸けて働いています。経営者が従業員と情報共有しないのは、従業員をあまりにも無視した行為ではないでしょうか。

大企業では、四半期ごとなどに経営協議会を開き、労使で情報を共有しているケースは少なくありません。しかし、中小企業では経営情報を出さない企業がいまだ多いです。

情報共有のためには、それを担保する制度の法制化が必要です。日本は、そうした仕組みを欠いています。韓国には「勤労者参与および協力増進に関する法律」という法律があります。この法律は、企業経営の上では、労働者の参加と協力を得ることが望ましいという観点からつくられました。生産性向上と成果配分▼採用・配置・教育訓練▼苦情処理▼人事・労務管理制度──など、16項目に関する協議を四半期ごとにすることや、関連情報の共有をすることなどを定めています。「労働者委員」の選出方法なども細かく規定されており、「労働者委員」には資料請求権もあります。違反した場合には企業に罰則が科されます。

こうした仕組みが日本にはありません。情報共有ができている企業とできていない企業に大きな差があります。情報共有できていない企業の自主努力に任せるのには限界があります。労使協議の基盤をつくるために、国が最低基準を設けるべきでしょう。私は「従業員代表制」の導入が急務だと訴えています。

「車の両輪」の意味

特に、企業組織再編にかかわる情報は、労働者に提供されるタイミングが以前に比べ遅くなっています。労働組合に情報提供されるのが、発表の1日前や当日の午前中、プレスリリース後ということもあります。会社はインサイダー取引などを理由に情報を提供しないようになっています。

こうした中、労使で事前に誓約書を締結することで、早めに情報共有する企業の事例もあります。こうした企業には労使の信頼関係があります。日本企業の強みは、信頼に基づく良好な労使関係だと言われます。私はこの間、企業組織再編の実例を調査する中で、労使関係のあり方を分析しました。労使関係はよく「車の両輪」だと言われます。今回の調査の中で、この言葉が具体的に何を意味するのかを四つの側面で整理してみました。

一つ目に大事なのは、車輪が同じ方向を向いていることです。車輪の方向が同じでなければ、車は前に進まないように、会社も発展しません。事例を挙げましょう。ある企業が企業組織再編に直面した際、労働契約承継法にのっとらない事業譲渡によって転籍の手続きを取ろうとしました。しかし、実態は労働契約承継法が適用される会社分割でした。労働組合は労働契約承継法に即して、労働条件を引き継ぐよう要求しました。最終的には会社が非を認め、労働契約承継法にのっとり、手続きを進めました。労使が同じ方向を向いていないと企業組織再編は前に進まないということです。

労使の対等性

二つ目に大事なのは、車輪の大きさが同じことです。労働組合が従業員をしっかり組織化し、会社との対等性を確保することが重要です。グループ経営が広がる中で、企業は影響圏を広げていますが、労働組合がこれに追い付けていません。統合先などにも積極的に労働組合を組織化し、車輪の大きさをそろえる必要があります。

三つ目に大切なのは、車輪の速度を同じにすることです。会社はスピード感を持って企業組織再編を進めますが、一方で、労働組合が意思決定する時間が確保されないケースが増えています。会社は労働組合の組織運営に理解を示し、事前に情報提供し、速度を合わせる必要があります。

四つ目に大切なのは、車輪の駆動力です。一つの車輪(会社)だけ駆動力を強くするのではなく、他の車輪(労働組合)の駆動力も高めなければいけません。親会社が車の前輪なら、後輪となるグループ会社の駆動力も高め、労使関係の対等性を確保することが重要です。駆動力は会社だけが持っていると思いがちですが、経営に重要な労働者の働く意欲、能力や成果をあげる環境づくりに労組の役割も肝要であり駆動力を持っています。

このように企業組織再編を円滑に進め、企業の発展につなげるためには、労使の対等性、信頼関係が重要です。もちろん日常の会社経営においても、労使の信頼関係が大切なのは言うまでもありません。

積極的な企業組織再編

業績が悪い状態で行われる企業組織再編はうまくいきません。一方、業績が好調の際の再編はうまくいきます。これは調査の中で実感したことです。

企業はなぜ組織再編をするのでしょうか。グローバル化がますます進み、事業展開のスピードが速くなる中で、労使ともに企業組織再編をもっと積極的に捉えるべきではないでしょうか。企業組織再編は明るい展望を開くために行われるべきです。そのためには、前例主義に捉われず、労使ともに未来志向を持つことが重要です。

確かに、労働者は企業組織再編を嫌がる傾向があります。ただ、日本の労働者の現状は、他国と比べて改善していると言えるでしょうか。日本の労働者の賃金は、世界的に見ても伸びていません。懸命ながんばりが報われているかというと、そうではないのです。明るい未来を切り開くためにも労働者、労働組合が企業組織再編を戦略的に活用していくべきではないでしょうか。

労使関係の基盤をつくる

組織変動の円滑化と労働者保護をいっそう図るために、現行の過半数代表者制度の問題点を改善したり、従業員代表制度の法制化を進めたりすべきです。労働契約承継法は、労使対等を前提としていますが、対等の基盤のある企業とない企業を同等に扱うのには無理があります。過半数労働組合のない企業では、労使の対等性を確保するために、法律で基盤づくりを行うべきです。また、労働契約承継法7条の「理解と協力」を事実上の同意に格上げして労働者の保護をいっそう図ることも考えてよいでしょう。

企業組織再編の際、限られた環境の中で合理的な選択をするために一番必要なのは情報です。例えば譲渡先に行くとしても、従業員は情報がなければ判断できません。従業員にもその先の暮らしが懸かっています。情報を何も出さないというのは、従業員を無視した行為です。

情報共有は、労使が同じ目標を共有し、従業員が働く意欲を高め、目標達成に向けてがんばるためにも不可欠です。情報共有の最低基準を法制化して信頼に基づく良好な労使関係の基盤をつくることが急務といえます。

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