特集2020.05

気候変動問題に向き合うEU「グリーンディール」が始動
気候変動対策を政策の中心に

2020/05/15
EUは昨年12月、本格的な気候変動対策の政策パッケージである「グリーンディール」を発表した。その概要を紹介するとともに、日本との違いなどを考える。
平田 仁子 NGO気候ネットワーク
国際ディレクター/理事

EUの「グリーンディール」

EUは2019年12月、「グリーンディール」を発表しました。2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにすることをゴールにした成長戦略です。

12月に骨子とロードマップを発表したのに続いて今年1月に「ヨーロッパ・グリーンディール投資計画」と「公正な移行メカニズム(ジャストトランジションメカニズム)」を発表し、3月には2050年排出ゼロの裏付けとなる法案を公表しました。

「グリーンディール」の中核は「気候安定化(カーボンニュートラリティ)」を実現することです。その特徴は、気候変動対策がすべての政策の中心になっていることです。

気候変動対策の強化を求める声は日増しに高まっています。その動きは議会の選挙結果や投資の動向すら左右します。そうした声に後押しされる形でEUは今回、「グリーンディール」をまとめました。EUが気候変動対策について、相当な意気込みを持って発表したものとして注目を集めています。

「グリーンディール」の内容

「グリーンディール」の内容を現在わかっている範囲で紹介していきます。

大きな柱は二つ。「ヨーロッパ・グリーンディール投資計画」と「公正な移行メカニズム」です。

「ヨーロッパ・グリーンディール投資計画」は、向こう10年間で官民から1兆ユーロ(約120兆円)の投資を再生可能エネルギーなどへ誘導する計画で、投資促進に向けたインセンティブの提供と、官民のプロジェクトへの支援などを行います。

一方の「公正な移行メカニズム」は、化石燃料への依存度が高い地域やコミュニティーへの経済的な影響の緩和をめざすもので、7年間で1000億ユーロ(約12兆円)の予算を計上しています。

「公正な移行メカニズム」には、次の三つの柱があります。

一つ目は、「公正な移行基金(ジャストトランジション・ファンド)」の創設です。化石燃料への依存度が高い地域やコミュニティーの労働者に対して教育訓練などを行うとともに、地域の雇用創出を見据えた新規ビジネスの立ち上げ支援、再生可能エネルギーへの投資支援などに、75億ユーロ(約9000億円)を当てるとしています。

二つ目は、「インベストEU」という投資戦略の実践です。持続可能なエネルギーへ民間投資を呼び込むために、450億ユーロを使うとしています。

三つ目は、地域熱供給ネットワークの整備や建物の改修などを対象にした公的部門向け融資です。欧州投資銀行が250億〜300億ユーロを融資するとしています。

このように、「公正な移行メカニズム」は、気候安定化の経済に移行する中であっても、「誰も置き去りにしない」をスローガンに、産業移行の影響を最も受ける地域やコミュニティーを支援するという考え方に基づいて設計されています。

さらに、この三つの柱に加えて、「公正な移行」に関するプラットフォームを設置するとしています。これは人々の声をガバナンスの枠組みに反映させることを目的としたもので、地方自治体やコミュニティー、NGOなどのプラットフォームへの参加を支援するとしています。

日本とEUの違い

欧州の「グリーンディール」は、温室効果ガスの実質排出ゼロに向けて、産業の雇用のあり方を直視し、「誰も置き去りにしない」ことを掲げながら歩みを進める決意を示したものだと言えます。

もちろん、こうした政策に対する批判もあって、NGOなどからはまだ不十分だと批判される一方、実効性を疑問視する声もあります。しかし、EUが世界の気候変動対策をリードする覚悟を示したものであるということはできます。

一方、日本の政策立案には、「グリーンディール」という言葉で議論される政策がありません。政府の「未来投資会議」では日本の成長戦略を議論していますが、その中で「エネルギー・環境」政策は16項目あるうちの1項目に過ぎません。順番も11番目です。気候変動対策を成長戦略の中核に置き、すべての政策に反映させるという構想をそこから読み取ることはできません。EUの「グリーンディール」とは戦略の組み立て方がまったく異なると言わざるを得ません。

そもそも、EUが気候変動対策に取り組むのは、人々の幸福や健康の向上を実現するためです。そのために、温室効果ガスの排出をゼロにして、動植物の生物多様性を守り、人と環境が持続可能な社会をつくる。こうした問題意識を持っているかいないかで戦略の組み立て方は大きく変わります。日本の成長戦略からはこうした問題意識を読み取ることはできません。気候変動というグローバルな課題に立ち向かう中で大事なことが決定的に欠落しているように思います。

事前の対策が大切

しかし、事態は刻一刻と深刻化しています。日本はすでに十分過ぎるほどの自然災害の被害を受けています。大きな転換を図るタイミングを迎えています。

産業構造の問題も同じです。大手製鉄会社が製鉄所の閉鎖を決めたように、これまでの日本の成長を支えてきた産業構造のあり方も変わっています。気候変動対策が今後さらに強まるのは間違いありません。そうだとすれば、地域経済や雇用を守るための事前の準備も間違いなく求められます。それがEUが導入する「公正な移行メカニズム」なのです。

対策が遅れるほど選択肢は狭まっていきます。温室効果ガスの排出をゼロにするという世界の方向性は明確です。事前に今後の動きを想定しながら対策を立てた方が、結果的にダメージを抑えられるはずです。

国際労働組合総連合(ITUC)もこうした危機感を共有し、積極的な運動を展開しています。日本の労働組合も、気候変動対策が喫緊の課題であるからこそ、そこで生じる雇用対策について早く本格議論を始めてほしいと思います。

「グリーンディール」の今後

新型コロナウイルス対策で各国が大胆な財政出動を行う中で、気候変動対策の予算に影響が及ぶことは避けられないでしょう。今後は、ウイルス災害から社会・経済を復興させていく際に、財政がどこに振り向けられるかが決定的に重要な課題になります。各国の動きを注意深く分析する必要があります。

また、緩やかにしか進んでこなかった気候変動対策が、新型コロナウイルスへの対応を機に変化するかにも注目しています。国連気候変動枠組条約の前事務局長クリスティアナ・フィゲレス氏は、気候変動問題とコロナ問題には共通する教訓があると雑誌で指摘しています。例えば、弱い立場の人がより大きな被害を受けることや、問題の対応には国境がないこと、治療より予防が大切であること、科学に基づいた対策が必要であることなどです。

状況が深刻になるほど、自国だけが助かればいいという自国主義がまん延しがちですが、新型コロナウイルスの問題も、気候変動問題も各国が助け合わないと解決できません。二つの問題をうまく重ね合わせながら対策を進める必要があります。気候変動対策に残された時間は多くありません。

EUの「グリーンディール」を紹介する動画から
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